もずの独り言・はてな版

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【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(23)-1/古川了子さん

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竹下珠路(古川了子さんの姉、特定失踪者家族会事務局長)

北朝鮮は追い込まれている

この場で突然振られて困った竹下です。

まず、今日参加している特定失踪者家族の紹介を失踪年代順にさせていただきます。

(今回紹介された特定失踪者については、[23-2]をご覧ください)

私は、昭和48年に失踪した古川了子の姉・竹下珠路です。

会長に代わり、一言ご挨拶をさせていただきます。

ご承知のように、この1年間で金正恩キム・ジョンウン)は文在寅ムン・ジェイン)氏に始まり、習近平氏、トランプ(Donald John Trump)氏、先だってはプーチン(Vladimir Vladimirovich Putin)氏に会いました。これだけ動き回っているということは、北朝鮮が今までになく追い込まれているからだと、素人ながら思います。

そういう中、今こそ日本が主導して拉致問題を解決し、北朝鮮の色々な問題を解決する時だと思っています。

私たち特定失踪者の家族としては、昨年11月に韓国に行き、北朝鮮に関して色々な勉強をしてきました。そして北朝鮮の地で人が歩いているのを見ながら、家族が訴える言葉をラジオ放送に収録しました。

お父さん、お母さん、私はここまで来ています。一日も早く帰ってきてほしい。

帰ってこられるように私たちも頑張るから、お父さん、お母さんももう少し頑張ってください、等色々な言葉が飛びました。

■国内で特定失踪者に対する壁を感じる

特定失踪者の家族は、その思いは一人ずつ違います。被害者を取り戻したいという心は認定家族会の方々と同じです。しかし、家族の色々な状況の中で、まず日本国内で一つの壁があると感じています。

一人ひとりの家族の思いを直接、総理大臣に聞いていただきたいと思っても、聞いていただけるチャンスがありません。先日のニューヨークのシンポジウムには、特定失踪者家族会から秋田美和さんのお姉さん(吉見美保さん)に出席していただき、スピーチをさせていただきましたが、マスコミの皆さんどうぞ、特定失踪者を切らないでください。

また日本政府は883人と言っていますが、それ以外にもいるかもしれません。

多くの特定失踪者は北朝鮮での目撃証言があったり、写真が出てきたりしています。そういう方々が多くいるのに、なぜか日本国内で壁があることが私は不思議でなりません。国会議員の皆さんも家族会と一緒だと言ってくださったらどうですか。その壁を感じないわけにはいきません。

特定失踪者家族はこの1年でも何人もが旅立っていきました。その度に私は弔電を打ちながら、悔しくて悔しくて苦しい気持ちでした。

特定失踪者家族会と特定失踪者問題調査会で、1週間後ではありますが、来週の5月24日(この集会は5月19日)に、日比谷公園から国会議事堂に向けてデモ行進をさせていただきます。10時半から霞門の近くから出発します。

それぞれの家族の写真を持って行進したいのですが、人が足りません。ここにお集まりの皆さんでお時間の都合がつく方は写真を持つお手伝いをしていただきたいのです。まだ人が集まっていませんので、ご協力をお願いいたします。

そして、ここにいる皆さんがこういうことをしなくていいように、最後の力を振り絞って応援していただきたいと思います。

どうぞ宜しくお願いいたします。

ありがとうございました。

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

北朝鮮人権人道ネットワークfacebook

http://www.facebook.com/nknet2015

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

《特定失踪者・古川了子さんについて》

◆氏名:古川 了子

(ふるかわのりこ)

◆失踪年月日:昭和48(1973)年7月7日

◆生年月日:昭和30(1955)年1月1日

◆性別:女性

◆当時の年齢:18歳

◆当時の住所:千葉県市原市菊間

◆当時の身分:三井造船社員(経理

◆身長:157cmくらい

◆血液型:B型

◆特徴:

1)中学時代水泳部、高校では卓球部部長。

2)書き初めで入選したことあり、簿記、珠算和文タイプ等資格持っている。

3)左利き。文字を書くのは左右同じに使える。

4)左眉に途切れたような傷がある。

◆失踪場所:千葉県市原市の自宅を出てから

【失踪状況】

当日は土曜日で会社が休みだったので、午前中に美容院に行って午後から母親と浴衣を買いに行く予定をしていた。

午前中、了子さんは母親が知らない間に家を出ていたが、美容院に了子さんから電話で「今日の美容院はキャンセルしたい。出かけるところができたので母親に浴衣を買いに行けなくなったと伝えて下さい」と言った。

母親は美容院の人から電話を貰い、友達にでも会うことになったのだろうと気にはしなかったが、それから何の音沙汰もなくなった。

7月に初めて貰ったボーナスは手付かずだし預金通帳も置いたまま。

持って出たのは財布とハンカチくらいしか入らない、いつも持っている小さなバッグ1つだけだった。

その後、家にも勤め先にも全く連絡なし。中学や高校の友人も心あたりはなかった。

北朝鮮工作員安明進(アン・ミョンジン)氏が、「1991年に平壌市内の病院にいた女性と似ている」と証言している。

平成16年1月29日、千葉県警に告発状提出。

平成17年4月13日政府に対し拉致認定を求め東京地裁に提訴。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.