もずの独り言・はてな版

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【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(3)/安倍晋三編

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安倍晋三内閣総理大臣、政府拉致問題対策本部長)

拉致問題の解決に向けて全身全霊で取り組むことを約束》

トランプ大統領に「合意を文書で残せ」

国民大集会の開催に当たり、一言、御挨拶を申し上げます。

6月12日に、歴史的な米・朝首脳会談が行われました。米国の大統領と北朝鮮の国務委員長という2人の首脳が署名をして、文書を発出いたしました。1994年の米・朝枠組み合意、そして2005年の6者共同声明には北朝鮮の首脳の署名がなく、反故にされた経緯があります。他方、16年前の9月に署名された日朝平壌宣言は、当時の小泉総理と金正日キム・ジョンイル)国防委員長の両首脳により署名された文書であり、北朝鮮も否定はしていません。日・朝の交渉を始める際、間違いなくその土台となる文書となったと我々は考えています。

こうした経緯を踏まえ、私は4月の日・米首脳会談の際に、トランプ(Donald John Trump)大統領に対し、米・朝首脳同士の合意を署名文書で残すことを提起したところであり、先般の米・朝首脳共同声明は、首脳間の合意を署名文書の形で確認した、大変重みのあるものになったわけです。そうした前提の上に、トランプ大統領は相互の不信の殻を打ち破り、相互の信頼を醸成することで、共に問題を解決するという新しいアプローチを採ったということだと考えています。

トランプ大統領と認識・対応を一致させる

私は、この後、国連総会に出席するために米国に向けて日本を発ち、トランプ大統領と会談を行います。トランプ大統領とは、23日の夜、食事をしながら2人だけで会談を行い、また別の日に、別途、日・米でもう少し人数を増やした会談

を行う。つまり2回にわたって会談を行う予定ですが、2人だけで行う会談、その際には、この問題についてしっかりと日・米の考え方、認識、対応を一致させていきたいとこう思っています。

■南北首脳会談

そしてまた、今月18日から19日に開催された南北首脳会談では、平壌共同宣言及び南北軍事当局間の合意文書が発出されました。我が国としては、今回、南北首脳が合意に至った諸点が、朝鮮半島の完全な非核化につながることを期待しています。その上で、合意に至るまでの南北両首脳の努力に敬意を表したいと

こう考えております。ニューヨークにおいてはやはり同じく文在寅ムン・ジェイン)大統領とも首脳会談を行い、この南北の首脳会談について、お話を伺いながら、日本の確固たる考え方についても申し上げておきたいと考えているところです。

拉致問題で国際社会と連携

今後一層、米・韓両国との緊密な協力に加えて、中国、ロシアを始めとする国際社会と連携し、北朝鮮の核・ミサイル、そして、何よりも重要な拉致問題の解決に向け、全力で取り組んでいく決意であります。

特に拉致問題については、我が国が主体的に解決していかなければなりません。米・朝首脳会談では、トランプ大統領から金正恩国務委員長に対し、拉致問題に関する私の考え方を明確に伝えていただきましたが、最後は私自身が金正恩委員長と直接向き合わなければならない。そしてこれを行う以上は、拉致問題の解決に資するものにしなければなりません。核・ミサイル、そして、何よりも重要な拉致問題を解決し、そして新たな日・朝関係を築いていかなければならないと考えています。

拉致被害者救出まで私の使命は終わらない

拉致被害者ご家族の皆様とは、本日もこの集会に先立ち、懇談する機会を頂き、改めて痛切な思いを伺いました。皆様と共にこの問題の解決に全力で取り組んでいかなければならない。そして、その時を迎えているという気持ちを同じくしたところです。

2002年に5名の拉致被害者の方々が帰国されました。それ以来16年もの間、1人の拉致被害者の帰国も実現しておりません。拉致問題の解決に当初から取り組んできた政治家の1人として、また、日・朝首脳会談に官房副長官として同席した者として、そしてこの6年間自由民主党の総裁として、5年9か月総理大臣として国政を担ってきた者として、痛恨の極みであります。

安倍政権でこの問題を解決する。拉致問題は、安倍内閣の最重要・最優先の課題です。拉致被害者の方々とご家族の皆様が抱き合う日が訪れるまで、私の使命は終わらない。2002年の10月15日に5名の被害者の皆様がご帰国をされ、家族と再会されました。ただそれ以外のご家族の皆様は、まだ再会することができていない。私はあの時、全ての拉致被害者のご家族がしっかりと、お嬢さんを、お子さんを抱きしめる日がやって来るまで、私の使命は終わらないと、こう固く決意したところです。

拉致問題の解決のためには、日本国民が一致団結して、全ての拉致被害者の一日も早い帰国の実現への強い意志を示すことが、極めて重要です。そういう意味におきましては、本日もこうして、ここにたくさんの皆様がお集まりいただき、各党から、そして全国の議員の皆様を含め、しっかりと北朝鮮に対して、世界に

対して、意志を表明する極めて重要な機会を得ることができたと、こう思っております。私もまた、皆様と心を一つにしながら、過去の経験をいかして、拉致問題の解決に向けて全身全霊で取り組んでまいりますことをお約束申し上げまして、内閣総理大臣の御挨拶とさせていただきたいと思います。今後も皆さん、一緒に頑張ってまいりましょう。

よろしくお願いします。

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》

◆氏名:金田 竜光

(かねだたつみつ)

◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ

◆生年月日:昭和27(1952)年

◆性別:男

◆当時の年齢:26歳

◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木

◆当時の身分:ラーメン店店員

◆身長:180cm

◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】

金田さんは韓国籍

田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。

昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。

半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。

田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。

連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。

その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。

救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.