もずの独り言・はてな版

半蔵ともず、はてなでも独り言です。

【みんな生きている】安倍晋三・橋下 徹編[参議院選挙]/FNN

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-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!どうなる令和の日本 自民・安倍総裁に生直撃》

自民党安倍晋三総裁に参院選の結果について、大阪のスタジオにいる橋下 徹氏とともに中継で質問を行いました。

■衆参ダブル選挙、やっときゃよかった?

橋下 徹氏:「まず自民党公明党の圧勝おめでとうございます。僕は正直、衆議院参議院のダブル選挙を期待していました。やはり、安倍さんの総理の任期中に絶対に憲法改正国民投票憲法改正の発議をやっていただきたかったんです。それはやっぱり、国民の大きなうねりを起こさなければ絶対できないと。背水の陣で、総理が、これはもう憲法改正をやるんだと、負けか勝つか、いちかばちかでやるんだというエネルギーが、国民のうねりを起こしたと思うんですが、今、この結果を受けて、圧勝ですけど、衆参ダブルにしておけばよかったなという悔いはありませんか」

安倍晋三総裁:「迷わなかったと言えばうそになるわけですが、すでに、衆議院においては3分の2の多数を与党でもいただいています。基本的には、参議院においては、安定した多数を得たうえにおいて、そのうえで維新の会の皆さんにもご協力いただきながら、国民民主党の皆さんの中にも、憲法議論をしっかりしたいと言っている方もおられるんだろうと思います。街頭演説においては、ほとんどの会場で、議論する政党か候補者か、あるいは、議論すら拒否する政党か候補者かということを訴えてきました。結果としては、国民の皆様は、ちゃんと議論せよということだったんだろうと思います。私の使命として、残された任期の中で憲法改正に挑んでいきたいと考えています」

改憲議論をしようじゃないか

橋下 徹氏:「僕がいちかばちかの政治をずっとやってきた時に、菅 義偉官房長官拉致問題担当大臣)にも、『橋下さん、もうちょっと大人の政治をやったら』なんていうことも言われたことがあるんです。やっぱり今回は、総理は大人の政治をされたと思いますが、今回の選挙結果を受けて、衆議院憲法調査会を、全会一致の原則を外して、自民党改憲勢力の多数決で衆議院憲法調査会を動かしていかれるということですか」

安倍晋三総裁:「共産党は、党首討論でも明らかになったように議論すらしないという姿勢を明らかにしています。それでは、全員が一致しない限り議論すらしないということであったら、国会議員としての職責を果たせないじゃないですか。参議院でこの1年間、たった3分ですからね、憲法審査会。これでわたしたちは、責任を果たしているとは言えないと思います。この選挙の結果を受けて、野党の皆さんにも真摯(しんし)に対応していただきたいと思います」

橋下 徹氏:「共産党は初めから“議論しない”と言っているのと同じく、立憲民主党も“安倍政権中には議論しない”と言っています。これは共産党だけじゃなく、立憲民主党もある意味、職務放棄とみなして、そこの同意がなくても憲法調査会は進めていくということですか」

安倍晋三総裁:「立憲民主党の皆さんが、安倍政権の間は議論しないと。これはおかしな議論なんですが、この選挙結果を受けて真摯に受け止めて、やっぱり、国会議員は議論するのが仕事ですから、その責任を果たしてもらいたい。まずは、立憲民主党の方がどう考えるかということを見ていきたいと思っています」

■消費税10年10%は本当?

安倍晋三総裁:「まず、私の任期は再来年までですから、完全に約束できるわけではないということは申し上げています。すでに安倍政権で2回上げております。5%上げているんですが、今度上げていけばですね10月に、上げていく予定ですが。安倍政権の間は上げないとお約束できますが、同時に今年、税収は過去最高、バブル期を抜いています。2025年の黒字化の見通しも立ちつつありますから、私は今のまま、今の経済政策を進めていけば、上げる必要ないだろうと考えています」

■安倍総裁が野党なら安倍自民の何を批判した?

安倍晋三総裁:「それは非常に難しい問題で、批判するところはないと答えたいんですが。野党として、安倍政権に対する批判というのは難しい質問なんですが、野党は、今の野党らしい批判をしているんだろうなと思います。私、野党だったら、もうちょっと建設的な議論をして、そのうえにおいて、自民党を支持している支持者の票を取っていくという戦略を考えるだろうと思います」

拉致問題・日露の問題は任期中どう解決するのか見通しは?

安倍総裁:「神戸における演説会の街頭においてですね、有本恵子さんのお父さん(有本明弘さん)も90歳になられるんですが来ておられました。大変、私も総理になりながら解決できない。本当に痛恨の極みでありますが、その中で、あらゆるチャンスを逃さずに、行動する時には果敢に行動していきたいと考えています。また、日・露の平和条約、何十年間解決できなかった問題ですから、そう簡単に解決できる問題ではもちろんないんですが、やっと新しいアプローチにおいて、具体的な可能性が出てきたと思っておりますので、なんとか、任期中に平和条約を前進させたい。締結に向けて、しっかり進んでいきたいと思っています」

■最後に橋本氏が聞きたいことは?

橋下 徹氏:「僕は、やっぱり日本にまだ積み重なっているいろんな課題、大きな課題があると思います。やっぱり靖国参拝ですね。日本のリーダー、また陛下に靖国は絶対に参拝に行っていただきたい。僕は、それをやろうと思えば、戦争指導者の分祀(ぶんし)しかない、これは僕の持論ですけど。北方領土に関しても、4島返還が無理なのであれば、やっぱり2島返還の方向性も決めなければいけないと思う。こういうことを動かすのが選挙だと思っていまして、ぜひ、任期中の次の衆議院の解散・総選挙。ここでは令和の時代に向けて、大きな課題を解決する道筋をつけるための選挙をもう1回やってもらいたいと思います」

安倍晋三総裁:「今回は令和の時代初めての選挙だったわけであります。衆議院の選挙については、衆議院議員というのは常に緊張感を持たなければいけないと思いますし、衆議院の解散、これは選択肢から外しているわけではありませんが、われわれも常に緊張感を持って、政治を前に進めていきたい。また、さまざまな大きな課題に挑戦していきたいと思っております」

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP

http://hrnk.trycomp.net/

■No Fence北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会HP

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■自由朝鮮HP

http://cheollimacivildefense.org/

■実録!絵で見る北朝鮮「教化所」拷問の実態「THE FACT」

https://youtu.be/QBJcDDGwdFo

アメリ北朝鮮人権委員会(HRNK)HP

https://www.hrnk.org/

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」

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北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ

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■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナTV脱北者日本語字幕版

https://www.youtube.com/playlist?list=PLS0GqKLezT4179A9Wy4smneKYQxrq2shl

《特定失踪者・藤田 進さんについて》

※国連人権理事会(United Nations Human Rights Council=UNHRC)が調査要請を受理した事案

◆氏名:藤田 進

(ふじたすすむ)

Susumu Fujita)

◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日

◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日

◆性別:男

◆当時の年齢:19歳

◆当時の住所:埼玉県川口市南町

◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生

◆特徴:

1)家ではあまりしゃべらないタイプ

2)ギターがうまかった

◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】

失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。

後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。

脱北者北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。

平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

■埼玉県警HP

http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

救う会埼玉HP

http://sukuukai.gozaru.jp/

■藤田隆司さんfacebook

http://ja-jp.facebook.com/takasi.fujita.3

■緑風香ブログ

http://ryokuhuuka.wordpress.com/

拉致問題を考える川口の会HP

http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

《特定失踪者・藤田 慎さんについて》

※藤田 進さん・隆司さん兄弟の叔父

◆氏名:藤田 慎

(ふじたしん)

(Shin Fujita)

◆失踪年月日:昭和35(1960)年

◆生年月日:昭和6(1931)年9月5日

◆性別:男

◆当時の年齢:29歳

◆当時の住所:東京都大田区蒲田

◆当時の身分:三菱重工業石川島播磨重工業のどちらかに勤務

◆身長:165cmくらい

◆体重:65kg〜70kg

◆特徴:

1)柔道をやっていてがっしりした体格

2)川に潜って魚獲りをするのが好きだった

3)長兄(藤田 進さんの父)と顔が似ている

◆失踪場所:東京都大田区蒲田本町(姉夫婦の当時の居住地)

【失踪状況】

長兄に「旅行に行く」と新品の靴を借りに来る。

次兄夫婦には、「結婚したい人がいる」と相談。

また、弟にお金を借りに来る。

その後音信不通。

失踪から数年後、兄夫婦宅(埼玉県川口市仲町)に年賀状が届く。

字体は達筆(本人の字体に似ていた)。

差出人の名前がなかった。

消印は世田谷だったようである。

昭和51年2月7日、埼玉県川口市で失踪した藤田 進さんの叔父にあたる。

北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■埼玉県警HP

http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

■藤田隆司さんfacebook

http://ja-jp.facebook.com/takasi.fujita.3

《特定失踪者・古川了子さんについて》

◆氏名:古川 了子

(ふるかわのりこ)

(Noriko Furukawa)

◆失踪年月日:昭和48(1973)年7月7日

◆生年月日:昭和30(1955)年1月1日

◆性別:女性

◆当時の年齢:18歳

◆当時の住所:千葉県市原市菊間

◆当時の身分:三井造船社員(経理

◆身長:157cmくらい

◆血液型:B型

◆特徴:

1)中学時代水泳部、高校では卓球部部長。

2)書き初めで入選したことあり、簿記、珠算和文タイプ等資格持っている。

3)左利き。文字を書くのは左右同じに使える。

4)左眉に途切れたような傷がある。

◆失踪場所:千葉県市原市の自宅を出てから

【失踪状況】

当日は土曜日で会社が休みだったので、午前中に美容院に行って午後から母親と浴衣を買いに行く予定をしていた。

午前中、了子さんは母親が知らない間に家を出ていたが、美容院に了子さんから電話で「今日の美容院はキャンセルしたい。出かけるところができたので母親に浴衣を買いに行けなくなったと伝えて下さい」と言った。

母親は美容院の人から電話を貰い、友達にでも会うことになったのだろうと気にはしなかったが、それから何の音沙汰もなくなった。

7月に初めて貰ったボーナスは手付かずだし預金通帳も置いたまま。

持って出たのは財布とハンカチくらいしか入らない、いつも持っている小さなバッグ1つだけだった。

その後、家にも勤め先にも全く連絡なし。中学や高校の友人も心あたりはなかった。

北朝鮮工作員安明進(アン・ミョンジン)氏が、「1991年に平壌市内の病院にいた女性と似ている」と証言している。

平成16年1月29日、千葉県警に告発状提出。

平成17年4月13日政府に対し拉致認定を求め東京地裁に提訴。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

救う会千葉HP

http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

救う会千葉ブログ

http://sukuukaichiba.blog.fc2.com/

■古川了子さんを救う会HP

http://2.furukawanoriko.michikusa.jp/

■しおかぜ収録inハーグ

https://m.youtube.com/watch?v=CeE7fbhZALk

《特定失踪者・関谷俊子さんについて》

◆氏名:関谷 俊子

(せきやとしこ)

(Toshiko Sekiya)

◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日

◆生年月日:昭和32(1957)年5月19日

◆性別:女性

◆当時の年齢:17歳

◆当時の住所:千葉県市原市徳氏

◆当時の身分:薬品会社勤務。定時制高校在学中

◆身長:160cm

◆体重:50kgくらい

◆血液型:A型またはO型

◆特徴:

1)痩せ型

2)ソフトボールをやっていて、実業団に入るのを勧められた

3)スポーツは得意

◆失踪場所:千葉市

【失踪状況】

親類の峰島英雄さんと幼馴染の同級生・遠山常子さんと千葉市内の飲食店で飲食後、峰島さんが「車で二人を家まで送ってくる」と店の従業員に言い残して出たまま3人一緒に行方不明となった。

店は峰島さんの兄が店長で妹が従業員。

峰島さんの乗っていた車も発見されていない。

関谷さんは古川了子さん(昭和48年失踪)と同じ高校で3学年下。

古川事件の1年後の同じ7月の失踪。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

救う会千葉HP

http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

《特定失踪者・遠山常子さんについて》

◆氏名:遠山 常子

(とおやまつねこ)

(Tsuneko To'yama)

◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日

◆生年月日:昭和32(1957)年6月22日

◆性別:女性

◆当時の年齢:17歳

◆当時の住所:千葉県市原市田淵

◆当時の身分:県立高校学生(夜間部)

◆当時の勤務先:千葉市内のスーパーマーケット

◆身長:158cm~160cmくらい

◆血液型:B型

◆特徴:

1)中肉中背で、関谷俊子さんより背がやや低い2)ポッチャリしていた

3)左右どちらかは不明だが眉の上にホクロの切除痕有り

◆失踪場所:千葉市

【失踪状況】

幼馴染の同級生・関谷俊子さんとその親類の峰島英雄さんと千葉市内の飲食店で飲食後、峰島さんが「車で二人を家まで送ってくる」と店の従業員に言い残して出たまま3人一緒に行方不明となった。

店は峰島さんの兄が店長で妹が従業員。

峰島さんの乗っていた車も発見されていない。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

救う会千葉HP

http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

《特定失踪者・峰島英雄さんについて》

◆氏名:峰島 英雄

(みねしまひでお)

(Hideo Mineshima)

◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日

◆生年月日:昭和27(1952)年9月2日

◆性別:男

◆当時の年齢:21歳

◆当時の住所:千葉市稲毛区)轟町

◆当時の身分:千葉市内の電話工事会社社員(下請け)

◆身長:170cm

◆血液型:B型またはO型

◆特徴:

1)ガッチリした体型

2)少し空手を習っていた

3)飲酒・喫煙をする

4)軽装

◆失踪場所:千葉市

【失踪状況】

当日夜、遠山常子さんと、幼馴染の友人女性である関谷俊子さん、ならびに関谷俊子さんの親戚である峰島英雄さんの3人は、英雄さんの兄が店長を務め妹が勤務する千葉市内の飲食店で食事をした。

数時間店に滞在。英雄さんが「二人を車で家に送ってくる。おなかも空いたので、戻ってくるからおにぎりを作っておいてくれ」と言って店を出たが戻って来なかった。

その後三人からの連絡は一切無し。

車(赤いマーク2)も発見されていない。

失踪の当日は、関谷俊子さんの引越しの日だった。

失踪以降、何ら手がかりとなるものは無かった。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

救う会千葉HP

http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】お知らせ[「拉致問題を考える国民の集いin神奈川」]/FNN

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-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「拉致問題を考える国民の集いin神奈川」開催》

■令和元年7月28日(日曜日)、ワークピア横浜において、「拉致問題を考える国民の集いin神奈川」を開催します。

1.日時・場所等

◆日 時:令和元年7月28日(日曜日)

12:30開場

13:00開会

16:00閉会予定

◆場 所:ワークピア横浜 2階おしどり・くじゃく(定員350名)

※神奈川県横浜市中区山下町24-1

◆主 催:政府拉致問題対策本部、神奈川県、横浜市川崎市相模原市

◆入場料:無料ですが、事前申し込みが必要です

◆手話通訳があります

2.プログラム

◆主催者あいさつ、来賓あいさつ

拉致被害者・特定失踪者御家族の訴え

 ▽拉致被害者御家族の訴え/横田早紀江さん

 ▽特定失踪者御家族の訴え/齋藤良司さん

◆講 演「全ての拉致被害者を救出するために」

 ▽講 師:西岡 力氏(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会会長)

◆映画「めぐみ-引き裂かれた家族の30年」

3.申し込み方法

・はがき

・FAX

・神奈川県ホームページ(e-kanagawa電子申請)

のいずれかの方法により、お申し込み下さい。

申込期限:7月19日(金曜日)必着です。

[はがきの場合の記入事項]

一番上に「拉致問題を考える国民の集いin神奈川」と記入したうえで

1)代表者氏名(ふりがな)

2)郵便番号、住所、日中連絡の取れる電話番号

3)同伴者がいる場合、同伴者氏名(ふりがな)

4)手話通訳等配慮が必要な事項

を記入し、下記宛先までお送り下さい。

〒231-8588

神奈川県国際課(住所記入不要)

■神奈川県HP・電子申請はコチラ↓

http://www.pref.kanagawa.jp/docs/k2w/cnt/f1091/

■ワークピア横浜

http://workpia.or.jp/access/

横田めぐみさんのご家族のメッセージ

http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_2.html

横田めぐみさんのご家族のメッセージ(英語版)

http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_2en.html

■「めぐみへの誓い-奪還-」PV

https://www.youtube.com/watch?v=J6cZyGknNi8

■「めぐみへの誓い-奪還-」(英語版)

https://m.youtube.com/watch?feature=share&v=VEQdbP3JlVo

■アニメ「めぐみ」

https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■神奈川県警HP

http://www.police.pref.kanagawa.jp/

救う会神奈川HP

http://kanagawa.trycomp.net/

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP

http://hrnk.trycomp.net/

■No Fence北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会HP

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北朝鮮人権人道ネットワークfacebook

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■自由朝鮮HP

http://cheollimacivildefense.org/

■実録!絵で見る北朝鮮「教化所」拷問の実態「THE FACT」

https://youtu.be/QBJcDDGwdFo

アメリ北朝鮮人権委員会(HRNK)HP

https://www.hrnk.org/

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」

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■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナTV脱北者日本語字幕版

https://www.youtube.com/playlist?list=PLS0GqKLezT4179A9Wy4smneKYQxrq2shl

◆昭和52(1977)年11月15日

少女拉致容疑事案

被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)

(拉致被害時13歳)

※This person was Abduction by North Korea

新潟市において下校途中に失踪。

平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。

平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」

横田早紀江さん。拉致被害者横田めぐみさんの母)

※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」

(横田哲也さん。拉致被害者横田めぐみさんの弟)

新潟県警HP

http://www.police.pref.niigata.jp/

■神奈川県警HP

http://www.police.pref.kanagawa.jp/

あさがおの会HP

http://www.asagaonokai.jp

ブルーリボンの祈り会/スイス日本語福音キリスト教会HP

https://www.jegschweiz.com/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A5%88%E3%82%8A%E4%BC%9A/

■アニメ「めぐみ」

https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

[November 15, 1977: Young girl abducted]

Abductee: Megumi Yokota (13, female, Niigata Prefecture)

Disappeared on her way home from school in Niigata City.

During the third round of Japan-North Korea Working-Level Consultations in November 2004, North Korea claimed that Megumi Yokota died in April 1994 and handed over what it claimed were her remains. DNA analysis, however, indicates that some of the bones from these remains belong in fact to a different person or persons.

Additional DNA analysis conducted in April 2006 by the GoJ indicated a high probability that Kim Young-Nam, a Korean citizen abducted from the Republic of Korea in 1978 when he was a high-school student, was married to Ms. Yokota.

《特定失踪者・東 修治さんについて》

◆氏名:東 修治

(あずましゅうじ)

(Shu-ji Azuma

◆失踪年月日:昭和62(1987)年10月

◆生年月日:昭和38(1963)年1月24日

◆性別:男

◆当時の年齢:24歳

◆当時の住所:神奈川県横浜市港南区

◆当時の身分:会社員(病気で休業中)

◆身長:182cm

◆体重:75kg

◆足のサイズ:27.5cm

◆特徴:交通事故により、左手首からひじの間がくの字型に変形している

◆失踪場所:神奈川県横浜市港南区のアパートから

【失踪状況】

昭和63年1月に横浜市内の住居の不動産屋から九州の実家に家賃滞納の連絡があり、家族がアパートを訪ねると突然出て行ったような状態だった。

お金、免許証はなく、車は置いたまま。免許証の更新はされていない。

昭和62年10月頃から胃病のため会社を休業中だった。

家族に送金を依頼する連絡があり送金している。

失踪後家族に無言電話があった。

■福岡県警HP

http://www.police.pref.fukuoka.jp/

《特定失踪者・岩佐寅雄さんについて》

◆氏名:岩佐 寅雄

(いわさとらお)

(Torao Iwasa)

◆失踪年月日:昭和36(1961)年12月20日

◆生年月日:大正15(1926)年12月8日

◆性別:男

◆当時の年齢:35歳

◆当時の住所:神奈川県鎌倉市材木座

◆当時の身分:魚屋の店員(板前も出来た)

宮城県山元町出身

◆身長:170cm

◆体重:70kg

◆血液型:A型

◆特徴:

1)少し前かがみで歩く癖があった

2)スポーツが趣味で、陸上短距離の国体に2度出場している

3)酒は少々飲む

◆失踪場所:神奈川県鎌倉市材木座海岸

【失踪状況】

勤めていた店の人に黙っていなくなった。

その後、横須賀のいとこが四方八方探し回ったが消息はつかめず。

宮城県警HP

http://www.police.pref.miyagi.jp/

《特定失踪者・小川雅樹さんについて》

◆氏名:小川 雅樹

(おがわまさき)

(Masaki Ogawa)

◆失踪年月日:平成5(1993)年8月31日

◆生年月日:昭和43(1968)年8月20日

◆性別:男

◆当時の年齢:24歳

◆当時の住所:神奈川県逗子市

◆北海道から戻ったあと、東京都渋谷区幡ヶ谷の知人宅に居候

◆当時の身分:無職。直近の職場は北海道の牧場

◆身長:173cm

◆血液型:B型

◆特徴:乱視のため眼鏡またはコンタクト使用

◆失踪場所:東京都渋谷区幡ヶ谷

【失踪状況】

平成5(1993)年3月、神奈川県内の大学を卒業後、北海道の競走馬を育てる牧場で馬の飼育係として働くため5月に単身北海道に渡り住み込みのアルバイトを始めたが3カ月後の8月下旬、家族に「北海道でのアルバイトを辞めるが家には帰らない」と電話をかけてきた以降、音信不通となった。

家族が北海道の牧場に連絡を取ると8月31日付で牧場を退職していた。

同年11月下旬、都内渋谷区の男性から家族に連絡があり状況を確認した結果、北海道での牧場勤務を辞めた直後に東京まで戻っていたが、神奈川の実家には戻らず都内で知り合った渋谷区の男性宅に数日間、居候した後、荷物を男性宅に残したまま所在不明となっていた。

「荷物はあとで取りに来る」と言って出て行ったまま、行方不明となる。

荷物はサンドバッグの形をした布袋で、中には衣類、写真、小銭しか入っていない財布(中に運転免許証)が入っていた。

また、荷物の中には手帳も残されていた。

失踪後の実家には年に2~3回無言電話がある。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・岡元幸弘さんについて》

◆氏名:岡元 幸弘

(おかもとゆきひろ)

Yukihiro Okamoto)

◆失踪年月日:昭和62(1987)年8月31日

◆生年月日:昭和30(1955)年1月14日

◆性別:男

◆当時の年齢:32歳

◆当時の住所:千葉県松戸市

◆当時の身分:ラーメン店店長

◆身長:175cmくらい

◆体重:65kg

◆特徴:釣りが趣味

◆失踪場所:神奈川県横須賀市東京電力横須賀火力発電所付近

【失踪状況】

失踪前日、釣りに行くと言って千葉県松戸市の家を出たまま、翌日昼の開店時間になっても戻らず。

東電横須賀火力発電所付近で釣りをしているところを目撃されている。

車が残され、同施設の排水口近くの釣り場に釣り道具もそのまま残されていた。

当時営業も順調であり仕事にも張合いを持っていた。

借金もなかった。

失踪時浦賀署でも付近の捜索やヘリコプターでの捜索、海保の海上捜索なども行ったが発見できなかった。

その後ダイバー3人で釣り道具のあった周辺の海底の捜索もしたが何も発見できなかった。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・川満敏弘さんについて》

◆氏名:川満 敏弘

(かわみつとしひろ)

(Toshihiro Kawamitsu)

◆失踪年月日:昭和47(1972)年5月

◆生年月日:昭和13(1948)年11月3日

◆性別:男

◆当時の年齢:33歳

◆当時の住所:愛知県名古屋市港区

◆当時の身分:車両メーカーの荷役。その前は神奈川県座間市で自動車メーカーの季節労働者

沖縄県城部町出身

◆身長:160cmくらい

◆特徴:

1)痩せ型

2)四角顔

3)浅黒

4)左右いずれかの目頭に切り傷有り

5)世話好きの性格だった

◆失踪場所:大阪府寝屋川市の妹宅を出て

【失踪状況】

妹の出産見舞いで大阪府寝屋川市に来た時は明るかったが、それを最後に失踪した。

季節工の他に名古屋市内で荷役の仕事をしていた。

同じ沖縄出身の人が複数いたが仕事が終わって皆沖縄に帰り、川満さんだけが残った(残った理由は不明)。

愛知県名古屋市か神奈川県で働くと言い残し失踪。

大阪府警HP

http://www.police.pref.osaka.jp/

■愛知県警HP

http://www.pref.aichi.jp/police/

沖縄県警HP

http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・越川 力さんについて》

◆氏名:越川 力

(こしかわつとむ)

(Tsutomu Koshikawa)

◆失踪年月日:昭和45(1970)年7月19日

◆生年月日:昭和21(1946)年4月18日

◆性別:男

◆当時の年齢:24歳

◆当時の住所:東京都練馬区

◆当時の身分:会社員

◆身長:166cm

◆体重:60kg

◆特徴:両足の指にソバカス模様の点々

◆失踪場所:東京都練馬区のアパート

【失踪状況】

アパートの大家に「海に行ってくる」と言って出ていった後行方不明。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・齋藤正治さんについて》

◆氏名:齋藤 正治

(さいとうしょうじ)

(Shouji Saitou)

◆失踪年月日:昭和36(1961)年10月1日

◆生年月日:昭和14(1939)年7月10日

◆性別:男

◆当時の年齢:22歳

◆当時の住所:神奈川県逗子市

◆当時の身分:県立高校定時制に在学していて、アルバイトで運輸省湾口技術研究所に勤めていた

◆身長:170cmくらい

◆特徴:内向的な性格

◆失踪場所:神奈川県逗子市

【失踪状況】

定時制高校に通いながら運輸省(現・国土交通省)のアルバイトのような仕事をしていた。

御両親が早く亡くなり、兄弟はそれぞれ住み込みで働いていた。

正治さんと良司さん(弟)は学年は1年違いだが、正治さんが高校に入ったのは1年遅れ。

同級生の女性が弟の勤務先に訪れ、その女性の話によれば「正治さんが学校に来ない。下宿に行っても生活しているそのままの状態だった」とのこと。

当時、良司さんも住み込みで自由に動けなかったので直ぐには下宿に行っていない。

あとで警察には家出人届は出したが見つからなかった。

正治さんは中学校卒業後すぐ3年ほどパン屋に勤めていたが、退職後は母の妹の家(安浦町)に住所を移し、さらに逗子市に転居していたことがわかった。

転居先は住民票を辿ると逗子市で、住所は元横須賀海軍工廠の宿舎。当時は朝鮮半島出身者が500世帯くらい住んでいたが、原因不明の火事(昭和36年頃)で焼失した。

《特定失踪者・齋藤 武さんについて》

◆氏名:齋藤 武

(さいとうたけし)

(Takeshi Saitou)

◆失踪年月日:昭和58(1983)年10月30日

◆生年月日:昭和20(1945)6月14日

◆性別:男

◆当時の年齢:39歳

◆当時の住所:神奈川県横浜市

◆当時の身分:会社員

山形県酒田市出身

◆身長:168cm

◆特徴:子供の時、凍傷で左手親指の爪が欠落。

◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】

昭和60年1月にアパートの大家から家賃未納の手紙が届き、失踪していることが判明した。

家人が会社に問い合わせたところ、昭和59年10月で退職し、以後行方不明であるとのことであった。

失踪者の部屋の様子は衣服にカビが生え、缶詰は錆び付いているなど数年間も住んでいなかったような感じで、荷物もそのままの状況だった。

山形県警HP

http://www.pref.yamagata.jp/police/

《特定失踪者・笹垣範男さんについて》

◆氏名:笹垣 範男

(ささがきのりお)

(Norio Sasagaki)

◆失踪年月日:平成4(1992)年9月12日

◆生年月日:昭和49(1974)年3月4日

◆性別:男

◆当時の年齢:18歳

◆当時の住所:神奈川県三浦市

◆当時の身分:予備校生(美大志望)

◆身長:168cm

◆体重:58kg

◆血液型:A型

◆特徴:

1)剣道をしていた(2段)

2)利き腕側の胸が厚い

3)歯並びがよい

4)腹部に2mmくらいのほくろ

◆失踪場所:神奈川県三浦市

【失踪状況】

当日、母親が出勤する時(午前9時)には「今日は予備校(横浜市)で絵の授業はないが空いている教室で勉強できるので行くかも」と言っていた。

姉が昼に出かけるときはまだ自宅にいた。

予備校に行ったかどうかは出席をとっていないので不明。

普段と同じ服装、お金も4、5千円しか持っていない。

外出する時に必ず持って出かける鍵は、机の中に残されていた。

朝の雰囲気からはとても家出するようには見えなかった。

いなくなる10日位前から誰かと会っている様子。

いつもは夕方5~6時に帰宅するのが、10~10時半に帰宅する日もあった。

前日、前々日は終電で帰ってきた。

誰と会っていたか聞いても答えなかった。

預金通帳は残っている。

《特定失踪者・佐藤剛生さんについて》

◆氏名:佐藤 剛生

(さとうたけお)

(Takeo Satou)

◆失踪年月日:平成9(1997)年7月29日

◆生年月日:昭和46(1971)年11月30日

◆性別:男

◆当時の年齢:25歳

◆当時の住所:千葉県船橋市の社員寮

◆当時の身分:会社員(システムエンジニアリング)

◆身長:170cm

◆体重:70kg

◆血液型:A型

◆特徴:

1)体形普通

2)眼鏡使用

3)高校時代水泳

4)高校時代から長距離走に興味を持ち、ミニトライアスロンに出場したこともあり

5)情報処理技術1種

6)飲酒・喫煙する

◆失踪場所:千葉県船橋市のJR駅近く

【失踪状況】

7月28日22時頃、先輩と帰社。

翌29日11時20分頃、出社しないため、会社から寮に寮に電話。

寮の管理人が部屋を見にいったところ、本人は電話中、かなりの長電話だった。

その後本人の姿を見かけた者はいない。

午後、船橋駅近くのATMで現金を引き出しており、防犯カメラに本人が写っている。

また、午後3時頃、寮の向かいの内科医に行っていた。

8月1日と4日は会社の先輩グループと登山の計画があり、有給休暇申請済み。

写真が寮に残っていない。

その他持ち出したものは特定できない。

パスポートも後日発見。

仕事上の問題なし。

国外には出ていない、サラ金の借入なし、その他手がかり、痕跡なし。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・渋谷浩邦さんについて》

◆氏名:渋谷 浩邦

(しぶやひろくに)

(Hirokuni Shibuya)

◆失踪年月日:平成10(1998)年8月4日

◆生年月日:昭和39(1964)年3月1日

◆性別:男

◆当時の年齢:34歳

◆当時の住所:神奈川県厚木市

◆当時の身分:神奈川県庁県税事務所職員

◆身長:168cm

◆血液型:AB型

◆特徴:

1)太り気味

2)むち打ちで寒いと痛みが出る

3)趣味は山とスキー、全国の山を登っている

◆失踪場所:長野県白馬山中

【失踪状況】

8月2日、「5日夜か6日の朝に帰宅する」と言い残して厚木市の自宅を車で出発。

長野県白馬に登山に出かけた。

失踪当日午後1時頃、「大町市の黒部観光ホテルに着いたので、これから山に行く」と電話があった。

車と荷物をホテルに預け、そこからバスで山の方向を向かったのをホテルの宿泊客が目撃していた。

ホテルに預けていた車の中には着替えたと思われる衣服が入ったボストンバックが残されていた。

白馬山荘に2泊し、4日の朝5時頃1人で出たが、方角は不明。そのまま行方不明。

5日、ホテルから自宅に電話が入る。

平成11年3月頃までヘリを何回かとばして捜す。車の中には着替えたものがあった。

預金が引き出された形跡なし。

失踪した年の暮れ頃から平成13年まで無言電話や不審な電話あり。

長野県警HP

http://www.pref.nagano.lg.jp/police/

拉致問題を考える厚木市民の会facebook

https://facebook.com/groups/421529008202470?src=email_notif

《特定失踪者・高橋太一さんについて》

◆氏名:高橋 太一

(たかはしたいち)

(Taichi Takahashi)

◆失踪年月日:昭和38(1963)年6月初旬頃

◆生年月日:昭和16(1941)年11月21日

◆性別:男

◆当時の年齢:21歳

◆当時の住所:神奈川県川崎市

◆当時の身分:会社員。元陸上自衛隊員で北海道、青森に勤務

◆身長:165cmくらい

◆体重:60kgくらい

◆特徴:

1)右手首内側、手首より10cmくらい上の位置に大豆粒くらいの大きさのホクロあり

2)喉に手術痕あり

3)趣味は読書・音楽・軟式野球

◆失踪場所:神奈川県川崎市内の下宿先

【失踪状況】

家主から「6月初旬から下宿に帰って来ない」との連絡の葉書がある。

室内は身の回り品を残したまま。

衣類、布団はたたんであった。

免許証や危険物取扱主任者免状、実印等も置いたまま。

自衛官

静岡県警HP

http://www.pref.shizuoka.jp/police/

《特定失踪者・高松康晴さんについて》

◆氏名:高松 康晴

(たかまつやすはる)

(Yasuharu Takamatsu)

◆失踪年月日:昭和36(1961)年11月1日

◆生年月日:昭和16(1941)年3月23日

◆性別:男

◆当時の年齢:20歳

◆当時の住所:神奈川県鎌倉市の寮

◆当時の身分:会社員

◆身長:165cmくらい

◆体重:50kg

◆特徴:

1)痩せ型

2)趣味は尺八

3)どちらかと言えば快活な方

4)高校では化学を勉強した

◆失踪場所:神奈川県鎌倉市材木座海岸

【失踪状況】

就職が決まり、東京の本社で辞令をもらって鎌倉の寮に入った。

その翌日の夕刻、他の同僚2人と材木座海岸の浜辺へ散歩に出て、3人で話をしているうち、高松さんひとり、そこを離れて行った。

その後、寮にも戻らず。昭和36年12月『週刊読売』で、2週間前に失踪した他の男性とともに記事になっている。

熊本県警HP

http://www.police.pref.kumamoto.jp/

《特定失踪者・武内 卓さんについて》

◆氏名:武内 卓

(たけうちたかし)

(Takashi Takeuchi)

◆失踪年月日:平成8(1996)年1月14日

◆生年月日:昭和32(1957)年1月20日

◆性別:男

◆当時の年齢:38歳

◆当時の住所:神奈川県横浜市鶴見区

◆当時の身分:警備員

◆身長:179cm

◆血液型:O型

◆特徴:

1)痩せ型

2)近視

3)髪が薄い

4)車が大好き

5)移動式クレーン免許保有

6)特殊無線技士

7)趣味は音楽

◆失踪場所:神奈川県愛甲郡清川村丹沢大山国定公園

【失踪状況】

平成7年9月1日にアメリカより帰国し、11月29日に横浜市鶴見の寮に入り12月1日に横浜市で警備員の仕事に就く。

翌年1月12・13日の連休にレンタカーを借りて出かける。13日夕方に車を返す予定だったが、同日夕方に返却を1日延ばして欲しい旨の連絡がレンタカー会社に入るが翌日になっても戻らず。

14日の夜からは夜勤があった。

レンタカーは神奈川県の丹沢大山国定公園の駐車場で発見され、警察でも山を中心に捜索を行なった。

1月23日朝に勤務先から高知県の実家に電話があって失踪したことがわかった。

寮の部屋に変わったことはなかった。

車は神奈川県の大山の麓のガソリンスタンドから1時間ほどのところに置いてあり、レンタカーの中には本人のジャンパーと地図、パンなどを食べた包紙があった。

また、14日朝8時に丹沢の山麓のガソリンスタンドで満タン給油したレシートもあった。

大阪府警HP

http://www.police.pref.osaka.jp/

高知県警HP

http://www.police.pref.kochi.lg.jp/

《特定失踪者・田村正伸さんについて》

◆氏名:田村 正伸

(たむらまさのぶ)

(Masanobu Tamura)

◆失踪年月日:昭和35(1960)年5月

◆生年月日:昭和11(1936)年8月27日

◆性別:男

◆当時の年齢:23歳

◆当時の住所:神奈川県横浜市鶴見区

◆当時の身分:会社員

◆身長:170cm

◆体重:60kgくらい

◆特徴:

1)酒は少々

2)真面目で正義感が強い

3)元自衛官自衛隊時代はかなりきつい肉体訓練を受けていたとのこと

◆失踪場所:千葉県館山市

【失踪状況】

横浜市の会社に勤務していたが、千葉県館山市にある大手水産会社に転職するため、館山の叔父の家に宿泊し、会社の面接を受けに行った。

その帰りに叔父の家に戻らず、消息不明となった。

横浜市鶴見の下宿先にある身の回りのものは何もなくなっておらず、何の手がかりもつかめなかった。

横浜市の下宿先から、身の回りのものは特になくなっていない。

千葉県警HP

http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・寺島佐津子さんについて》

◆氏名:寺島 佐津子

(てらしまさつこ)

(Satsuko Terashima)

◆失踪年月日:昭和54(1979)年8月10日

◆生年月日:昭和35(1960)年7月26日

◆性別:女性

◆当時の年齢:19歳

◆当時の住所:神奈川県横浜市戸塚区

◆当時の身分:銀行員

◆身長:157cmくらい

◆体重:48kgくらい

◆血液型:O型

◆特徴:

1)中肉

2)左鎖骨の上にほくろが2つ並んでいる

◆失踪場所:神奈川県横浜市戸塚区

【失踪状況】

失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。

同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。

翌日、県警は警察犬を使うなど大規模に捜索。

翌日、戸塚区の自宅近くの草むらからセカンドバッグが発見される。

セカンドバッグの中に、財布・キャッシュカード・裁縫道具などが入っていた。

警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。

《特定失踪者・仲里次弘さんについて》

◆氏名:仲里 次弘

(なかざとつぐひろ)

(Tsuguhiro Nakazato)

◆失踪年月日:昭和52(1977)年5月

◆生年月日:昭和25(1950)年11月15日

◆性別:男

◆当時の年齢:26歳

◆当時の住所:関東地方(前々年まで神奈川県横浜市

沖縄県南風原町出身

◆当時の身分:

1)前々年まで日産自動車工場勤務(神奈川県)

2)それ以前は陸上自衛隊大宮駐屯地(埼玉県)などに勤務

◆身長:161cm~162cm

◆特徴:

1)中肉

2)色白

3)髪は直毛で黒い

◆失踪場所:神奈川県から失踪したと思われる

【失踪状況】

陸上自衛隊に入隊し、約2カ年間の訓練を受けたあと、沖縄へ帰郷。

その後自動車工場に3ヶ月の季節労務に就くために再び上京し、契約期間の就労を終えたあと連絡が途絶えた。

昭和52年5月には神奈川県茅ヶ崎市にあった断食道場に20日間いたことがわかっている。

警察に行ったり、全国版新聞での尋ね人の広告を出したり、職業安定所での登録の確認等、東京・神奈川を中心に歩き回るが、手がかりは何一つ見つからない。

沖縄県出身で、集団就職横浜市の製鉄会社に就職したあと、陸上自衛隊に入隊し、約2年後に除隊。いくつかの職を経て、日産自動車座間工場で季節工として4ヶ月勤務。

その後、昭和52年5月、茅ヶ崎の断食道場に入場したと思われる。平成14年(2002年)8月、沖縄の妹宅に標準語の男の声で「次弘はおばさんの世話で北朝鮮に行った。“ちゅうさん”と呼ばれていた。元気でいると思いますよ」などと早口で話す不審電話が実家にあった。

沖縄県警HP

http://www.police.pref.okinawa.jp/

■埼玉県警HP

http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

《特定失踪者・前上昌輝さんについて》

◆氏名:前上 昌輝

(まえがみまさてる)

(Masateru Maegami)

◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月22日

◆生年月日:昭和32(1957)年7月16日

◆性別:男

◆当時の年齢:20歳

◆当時の住所:京都市左京区北白川

◆当時の身分:大学受験準備中のため無職。直前まで北海道富良野の牧場で働く。

◆身長:173cm

◆特徴:

1)筋肉質の体格

2)大けがのため左目がやや小さい

3)絵画、書道が得意

4)写真に興味がある

◆失踪場所:北海道旭川駅

【失踪状況】

高校卒業後、美大を志望して東京で受験するも失敗。

1浪して地元京都を中心に受験するが再び失敗した。「人生修業のために北海道に行きたい」と言って、4月に京都の自宅を出発し、2ヶ月ほど横浜で当面の資金を稼いで、母に「お金が貯まったので、いよいよ北海道へ行く」と電話をしてきた。

北海道に渡り、道庁で紹介を受けた富良野の牧場で4ヶ月ほど働く。

8月下旬に母に電話で「大学受験を決意した」と話し、9月20日に牧場を退職。

国鉄旭川駅前のホテルに2泊宿泊し、22日午前10時頃、旭川駅の荷物一時預りにザックを預け、「3日間お願いします」と言って出かけたのが最後で行方不明になった。

北海道富良野の牧場を退職し、京都の実家に「お世話になった人たちに会って、京都に帰る」と連絡していたが、以来消息を絶つ。

後に旭川駅の荷物一時預かりにザックを預けていたことが分かる。

同年11月初旬、実家に男性の低い声で「前上昌輝の家の者か」と電話がある。

電話に出た母親が「昌輝のことを知っているお方ですか」と数回叫んだが、それには答えず「また電話する」と言って電話を切った。

以来手がかりは全くない。

平成16年9月28日、京都府警に告発状提出。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

京都府警HP

http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

■前上昌輝さんの同窓生によるHP

http://www.ja3yaq.ampr.org/%7Ejh3txp/kitashirakawa/maegami.html

《特定失踪者・山形キセさんについて》

◆氏名:山形 キセ

(やまがたきせ)

(Kise Yamagata)

◆失踪年月日:昭和40(1965)年8月以降

◆生年月日:昭和18(1943)年9月13日

◆性別:女性

◆当時の年齢:21歳~22歳

◆当時の住所:神奈川県川崎市

◆当時の身分:和裁見習

◆身長:159cmくらい

◆特徴:

1)中肉

2)左右に八重歯

◆失踪場所:神奈川県川崎市

【失踪状況】

青森県弘前市の中学卒業後、川崎市で和裁の見習をしていた。

失踪の年の3月に母が青森から上京して一緒に東京見物。

また、8月に姉妹とともに写真を撮ったが、それ以降手紙も写真も届かなくなり、音信不通となった。

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

青森県警HP

http://www.police.pref.aomori.jp/

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・横山辰夫さんについて》

◆氏名:横山 辰夫

(よこやまたつお)

(Tatsuo Yokoyama)

◆失踪年月日:昭和56(1981)年11月18日以降

◆生年月日:昭和27(1952)年9月6日

◆性別:男

◆当時の年齢:29歳

◆当時の住所:神奈川県横浜市

◆当時の身分:溶接技師で、工場勤務(重機メーカー下請け)

◆特徴:

1)わずかに色弱

2)読書好き

◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】

本人から長崎の実家に「横須賀の米軍基地内の仕事に就くため、戸籍を送って欲しい」と電話があり(11月18日)、家族が友人宅に戸籍を送った直後に連絡が途絶えてしまい、以後行方不明。

失踪前の11月5日には、父の一周忌のため長崎に帰省していた。

長崎県警HP

http://www.police.pref.nagasaki.jp/

《特定失踪者・吉田賢光さんについて》

◆氏名:吉田 賢光

(よしだけんこう)

(Kenkou Yoshida)

◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月12日

◆生年月日:昭和15(1940)年5月2日

◆性別:男

◆当時の年齢:36歳

◆当時の住所:宮城県柴田町の叔父の寺。神奈川県川崎市(前住所)から大阪府大阪市(新住所)へ転居するまでの間の居候

◆当時の身分:無職(前年11月まで東京都港区で団体職員)

◆特徴:小柄で細身

◆特技:

1)特別上手ではないが、スポーツは何でもこなす

2)登山も少しはする

◆失踪場所:東北本線白石駅

【失踪状況】

「大阪へ向かう」と言い、妹が宮城県白石駅改札口にまで送ったあと不明。

体調不良のため、神奈川県川崎市から次の転居予定地(大阪市)へ向かう前に約3ヶ月間、宮城県柴田町の伯父の寺へ居候。

家族が「墓参りがてら実家である岩手へ帰って来い」と言っても来なかった。

居候先の伯父の話では何か連絡を待っている様子だったと話したと聞いている。

失踪前の住所は神奈川県川崎市

宮城県警HP

http://www.police.pref.miyagi.jp/

岩手県警HP

http://www2.pref.iwate.jp/~hp0802/

大阪府警HP

http://www.police.pref.osaka.jp/

《特定失踪者・和智 博さんについて》

◆氏名:和智 博

(わちひろし)

(Hiroshi Wachi)

◆失踪年月日:昭和52(1977)年

◆生年月日:昭和13(1938)年8月10日

◆性別:男

◆当時の年齢:39歳

◆当時の住所:福岡県朝倉郡朝倉町(現・朝倉市

◆当時の身分:建設作業員

◆身長:158cmくらい

◆体重:55kgくらい

◆特徴:

1)盲腸炎の傷跡

2)犬歯(左上、プラチナ)

◆失踪場所:福岡市内

【失踪状況】

福岡市内に住む姉が急死したあと、行方不明となる。

当時住み込みで福岡県内の建設作業員として働いていた。

最後に病院に姉を見舞った折に「遠くなるけどお金になるので行きたいと」言い残して失踪。

行き先は不明。

昭和41年~44年まで4年間、広島市内に母と一緒に住んで工員として働いていた。

44年、母の死後福岡市に住んでいた姉のところを数回たずねていたが、姉も52年に死亡。最後に病院に姉を見舞った折に「遠くなるけどお金になるので行きたい」と言い置いてその後行方不明。

広島県警HP

http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/police/

■福岡県警HP

http://www.police.pref.fukuoka.jp/

《神奈川県警・静岡県警公開特定失踪者・河嶋功一さんについて》

◆氏名:河嶋 功一

(かわしまこういち)

Kouichi Kawashima)

◆当時の年齢:23歳(昭和57年当時)

◆当時の住所:神奈川県横浜市金沢区

◆当時の職業:無職

静岡県浜松市出身

◆身長:167cmくらい

◆体重:60kgくらい

【失踪状況】

昭和57年3月21日、大学卒業に伴う実家(浜松市)への引越しのため、自家用車で迎えに来た両親とともに車で実家に戻る予定でしたが、急きょ電車を利用することになったため両親と別れた後、行方不明となっています。

静岡県警HP

http://www.pref.shizuoka.jp/police/

■浜松ブルーリボンの会HP

http://www.hamamatsu-blueribbon.org/

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】お知らせ[「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」]/UHB

f:id:Hanzoandmozu:20190724124440j:plain

-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」毎週木曜日放送中!》

■FM「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」

毎週木曜日夜9時から「RADIO TXT FM Dramacity 776.fm」(札幌)で絶賛放送中!

[パーソナリティ]

☆村尾建兒(特定失踪者問題調査会副代表)

☆宇佐美由美子(歌手)

■RADIO TXT

http://776.fm/

■インターネット「ListenRadio」で札幌以外でもパソコン・スマホから聴取できます。

http://listenradio.jp

■村尾建兒Facebook

https://facebook.com/profile.php?id=100010108449598&_rdr

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

救う会道南HP

http://www.satoukenji.jp/sukuukai_dounan/

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP

http://hrnk.trycomp.net/

■No Fence北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会HP

http://www.nofence.jp/

北朝鮮人権人道ネットワークfacebook

http://www.facebook.com/nknet2015

■自由朝鮮HP

http://cheollimacivildefense.org/

■実録!絵で見る北朝鮮「教化所」拷問の実態「THE FACT」

https://youtu.be/QBJcDDGwdFo

アメリ北朝鮮人権委員会(HRNK)HP

https://www.hrnk.org/

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」

http://kenkato.blog.jp/

■ベナTVHP

http://www.benamu.org

■ベナTVブログ

http://blog.naver.com/benamu1004

■ベナTVFacebook

http://www.facebook.com/bnatv1004

北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ

http://blog.goo.ne.jp/aeran2000

■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナTV脱北者日本語字幕版

https://www.youtube.com/playlist?list=PLS0GqKLezT4179A9Wy4smneKYQxrq2shl

◆昭和55(1980)年5月頃

欧州における日本人男性拉致容疑事案

被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)

(拉致被害時22歳)

※This person was Abduction by North Korea

被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)

(拉致被害時26歳)

※This person was Abduction by North Korea

2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。

昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。

北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。

捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

熊本県警HP

http://www.police.pref.kumamoto.jp/

[In or around May 1980: Two Japanese men abducted in Europe]

Abductees: Toru Ishioka (22, male, Europe), Kaoru Matsuki (26, male, Europe)

Both men disappeared while living in Europe in 1980. A letter postmarked in Poland and sent by Mr. Ishioka in 1988 to his family in Japan indicated that he, Mr. Matsuki and Keiko Arimoto (see 12 below) were all living in North Korea.

North Korea asserts that Mr. Ishioka and Ms. Arimoto died in a gas poisoning accident in November 1988, but has provided no documents or evidence to support these claims. North Korea also asserts that Mr. Matsuki died in an automobile accident in August 1996. In September 2002, and at the Third Japan-North Korea Working-Level Consultations held in September 2002 and November 2004, North Korea handed over remains possibly belonging to Mr. Matsuki, but analysis in Japan indicates that these remains contain DNA belonging to someone else.

The Japanese authorities issued arrest warrants in June 2007 for Junko Mori and Sakiko Wakabayashi (nee Kuroda), wives of Yodo-go members, who are believed to be responsible for these abductions, and listed them both with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite them to Japan.

《特定失踪者・吉田雪江さんについて》

◆氏名:吉田 雪江

(よしだゆきえ)

(Yukie Yoshida)

◆失踪年月日:昭和42(1967)年1月28日

◆生年月日:昭和24(1949)年2月18日

◆性別:女性

◆当時の年齢:17歳

◆当時の住所:北海道釧路市

◆当時の身分:電話交換手

◆身長:156cm

◆体重:55kg

◆特徴:

1)中肉

2)鼻は丸い

3)活発で明朗、真面目な性格

◆失踪当時の服装:オーバーを羽織って長靴を履いていた

◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】

失踪当日夕方、会社の同僚の結婚式が6時頃からあり、退勤後自宅に戻り着替えてから式場に向かった。

終了後式場からいったん自宅に戻り、午後8時30分から9時の間くらいに新婚旅行への出発を見送りに行くと時刻表を指して時間を確認し、自宅から長靴で出かけたまま失踪。

服装は結婚式に出た服装で、その上にオーバーを羽織っていた。

新婚旅行の出発は選挙のため投票してから出かけるために変更になっていた。

警察の報告では駅で見かけた人はいなかった。

荷物も持っておらず、社内預金もそのままだった。

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による吉田雪江さん失踪事件の解説】

吉田雪江さんは電話交換手でした。電話交換手といっても若い方は分からないかも知れません。昔は電話は自動ではなく、電話局で交換手が切り替えてつないでいました。今もダイヤルインでない会社の総務などはそれに類する仕事をしていますが、昔は交換手という職種自体が専門職で資格試験もありました。

交換手だけではないのですが、特定失踪者で電話に係わる仕事の人が多いのは前から注目されています。これがどういう意味を持つのか現時点では分かりません。考えられるのは、例えば「若い女性を連れてこい」という命令が北朝鮮から日本国内の固定工作員や土台人、日本人協力者にあった場合、対象者選定の基準として電話交換手というのがあった可能性があるということです。昔であれば社会的ステイタスのあった仕事ですから、その資格を持っていれば能力があるという証明になったのではないか。

《特定失踪者・紺屋淑子さんについて》

◆氏名:紺屋 淑子

(こんやよしこ)

(Yoshiko Konya)

◆失踪年月日:昭和60(1985)年9月16日

◆生年月日:昭和37(1962)年2月16日

◆性別:女性

◆当時の年齢:23歳

◆当時の身分:理容・美容専門学校学生

◆当時の住所:北海道釧路市鶴ヶ岱の学生アパート

◆身長:157cm

◆体重:52kg

◆特徴:

1)中肉

2)頭髪パーマ

3)近視で眼鏡使用

4)ビートルズのファンでレコードをたくさん持っていた

◆失踪場所:北海道釧路市。当時居住していたアパート

【失踪状況】

9月16日、当時見習いとして働いていた勤務先に「仕事を休む」と電話連絡あり。

9月18日、学校から家族に欠席の連絡があり失踪が分かった。

2日後釧路警察署に届け捜査行われる。

室内に他人が入った形跡なし。

洗濯物は干してあった。

眼鏡もそのままなので、16日夕方に近くの大衆浴場へ行きその途中で拉致された可能性もある。

失踪したときの貯金には全く手が付けられていない。

《特定失踪者・高橋勝彦さんについて》

◆氏名:高橋 勝彦

(たかはしかつひこ)

(Katsuhiko Takahashi)

◆失踪年月日:昭和62(1987)年1月22日

◆生年月日:昭和34(1959)年7月5日

◆性別:男

◆当時の年齢:27歳

◆当時の住所:北海道釧路市の学校の教員住宅

◆当時の身分:聾学校教員

◆身長:170cm

◆体重:65kg

◆血液型:A型

◆特徴:

1)痩せ型

2)額の真ん中に3cm程度の傷がある

3)乱視。眼鏡は持っていたがかけていなかった

◆失踪場所:北海道釧路市の学校の教員住宅

【失踪状況】

前日(1月21日)夜12時まで釧路市内にある勤務先の学校の同僚と一緒にいて、午後10〜12時に一緒にテレビでアイスホッケーを見ていた。

その後帰宅したが、翌朝出勤しなかった。

学校には21日に支給された給料袋がそのまま置いてあった。

同僚の先生たちは飲みに行って事件にでも巻き込まれたのかと思い写真を持って回って調べたがまったくそれらしい情報はなかった。

車を買ったばかりで借金はあったが明るくきちんとした性格で、それでいなくなるようなことはありえないとのこと。

車は校宅に置いたままであった。

《特定失踪者・曽ヶ端崇史さんについて》

◆氏名:曽ヶ端 崇史

(そがはたたかふみ)

(Takafumi Sogahata)

◆失踪年月日:平成7(1995)年8月24日

◆生年月日:昭和48(1953)年6月19日

◆性別:男

◆当時の年齢:22歳

◆当時の住所:北海道釧路市

◆当時の身分:釧路公立大経済学部3年生

◆身長:170cm

◆体重:80kg

◆特徴:

1)高校時代山岳部で登山が趣味

2)飲酒・喫煙する

3)野球部にいた

◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】

厚岸で塾のアルバイトをしていた。

アルバイト終了後、バイト先の仲間たち8人くらいと曽ヶ端さんの車を含む車数台で釧路市内の軽食喫茶へ夕食に行く。

その後近くに住む後輩を送って下宿に向かう。

以来消息なし。

下宿に戻ったかどうかも分からない。

26日夕方、実家から下宿先に電話するが応答が無かった。

車も不明。

下宿は洗濯機の中に洗濯物が入ったまま。

窓は開けたままだった。

釧路西・東港で測量会社に海底の調査を依頼したが車はなかった。

《警視庁公開特定失踪者・小住健藏さんについて》

※西新井事件の被害者

◆氏名:小住 健藏

(こすみけんぞう)

(Kenzou Kosumi)

◆当時の年齢:27歳(行方不明当時)

◆当時の住所:東京都板橋区

◆当時の職業:工員

◆身長:160cmくらい

【失踪状況】

昭和36年以降、行方不明になっています。

「西新井事件」は、秋田県下の海岸から密入国した北朝鮮工作員チェ・スンチョルが、小熊和也さん、小住健藏さんの2人の実在する日本人に成り代わり、対韓国工作、極東におけるスパイ拠点の構築、日本の防衛力等に関する情報収集等を行っていた事件です。

警視庁は、その後の捜査により、自称小住健藏こと通称チェ・スンチョルを免状等不実記載同行使違反の容疑等で逮捕状の発付を得て国際手配の手続を行うとともに、警察庁を通じて、北朝鮮に対し身柄の引き渡しを要求しています。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

秋田県警HP

http://www.police.pref.akita.jp/

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】安倍晋三・橋下 徹編[参議院選挙]/UHB

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-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!どうなる令和の日本 自民・安倍総裁に生直撃》

自民党安倍晋三総裁に参院選の結果について、大阪のスタジオにいる橋下 徹氏とともに中継で質問を行いました。

■衆参ダブル選挙、やっときゃよかった?

橋下 徹氏:「まず自民党公明党の圧勝おめでとうございます。僕は正直、衆議院参議院のダブル選挙を期待していました。やはり、安倍さんの総理の任期中に絶対に憲法改正国民投票憲法改正の発議をやっていただきたかったんです。それはやっぱり、国民の大きなうねりを起こさなければ絶対できないと。背水の陣で、総理が、これはもう憲法改正をやるんだと、負けか勝つか、いちかばちかでやるんだというエネルギーが、国民のうねりを起こしたと思うんですが、今、この結果を受けて、圧勝ですけど、衆参ダブルにしておけばよかったなという悔いはありませんか」

安倍晋三総裁:「迷わなかったと言えばうそになるわけですが、すでに、衆議院においては3分の2の多数を与党でもいただいています。基本的には、参議院においては、安定した多数を得たうえにおいて、そのうえで維新の会の皆さんにもご協力いただきながら、国民民主党の皆さんの中にも、憲法議論をしっかりしたいと言っている方もおられるんだろうと思います。街頭演説においては、ほとんどの会場で、議論する政党か候補者か、あるいは、議論すら拒否する政党か候補者かということを訴えてきました。結果としては、国民の皆様は、ちゃんと議論せよということだったんだろうと思います。私の使命として、残された任期の中で憲法改正に挑んでいきたいと考えています」

改憲議論をしようじゃないか

橋下 徹氏:「僕がいちかばちかの政治をずっとやってきた時に、菅 義偉官房長官拉致問題担当大臣)にも、『橋下さん、もうちょっと大人の政治をやったら』なんていうことも言われたことがあるんです。やっぱり今回は、総理は大人の政治をされたと思いますが、今回の選挙結果を受けて、衆議院憲法調査会を、全会一致の原則を外して、自民党改憲勢力の多数決で衆議院憲法調査会を動かしていかれるということですか」

安倍晋三総裁:「共産党は、党首討論でも明らかになったように議論すらしないという姿勢を明らかにしています。それでは、全員が一致しない限り議論すらしないということであったら、国会議員としての職責を果たせないじゃないですか。参議院でこの1年間、たった3分ですからね、憲法審査会。これでわたしたちは、責任を果たしているとは言えないと思います。この選挙の結果を受けて、野党の皆さんにも真摯(しんし)に対応していただきたいと思います」

橋下 徹氏:「共産党は初めから“議論しない”と言っているのと同じく、立憲民主党も“安倍政権中には議論しない”と言っています。これは共産党だけじゃなく、立憲民主党もある意味、職務放棄とみなして、そこの同意がなくても憲法調査会は進めていくということですか」

安倍晋三総裁:「立憲民主党の皆さんが、安倍政権の間は議論しないと。これはおかしな議論なんですが、この選挙結果を受けて真摯に受け止めて、やっぱり、国会議員は議論するのが仕事ですから、その責任を果たしてもらいたい。まずは、立憲民主党の方がどう考えるかということを見ていきたいと思っています」

■消費税10年10%は本当?

安倍晋三総裁:「まず、私の任期は再来年までですから、完全に約束できるわけではないということは申し上げています。すでに安倍政権で2回上げております。5%上げているんですが、今度上げていけばですね10月に、上げていく予定ですが。安倍政権の間は上げないとお約束できますが、同時に今年、税収は過去最高、バブル期を抜いています。2025年の黒字化の見通しも立ちつつありますから、私は今のまま、今の経済政策を進めていけば、上げる必要ないだろうと考えています」

■安倍総裁が野党なら安倍自民の何を批判した?

安倍晋三総裁:「それは非常に難しい問題で、批判するところはないと答えたいんですが。野党として、安倍政権に対する批判というのは難しい質問なんですが、野党は、今の野党らしい批判をしているんだろうなと思います。私、野党だったら、もうちょっと建設的な議論をして、そのうえにおいて、自民党を支持している支持者の票を取っていくという戦略を考えるだろうと思います」

拉致問題・日露の問題は任期中どう解決するのか見通しは?

安倍総裁:「神戸における演説会の街頭においてですね、有本恵子さんのお父さん(有本明弘さん)も90歳になられるんですが来ておられました。大変、私も総理になりながら解決できない。本当に痛恨の極みでありますが、その中で、あらゆるチャンスを逃さずに、行動する時には果敢に行動していきたいと考えています。また、日・露の平和条約、何十年間解決できなかった問題ですから、そう簡単に解決できる問題ではもちろんないんですが、やっと新しいアプローチにおいて、具体的な可能性が出てきたと思っておりますので、なんとか、任期中に平和条約を前進させたい。締結に向けて、しっかり進んでいきたいと思っています」

■最後に橋本氏が聞きたいことは?

橋下 徹氏:「僕は、やっぱり日本にまだ積み重なっているいろんな課題、大きな課題があると思います。やっぱり靖国参拝ですね。日本のリーダー、また陛下に靖国は絶対に参拝に行っていただきたい。僕は、それをやろうと思えば、戦争指導者の分祀(ぶんし)しかない、これは僕の持論ですけど。北方領土に関しても、4島返還が無理なのであれば、やっぱり2島返還の方向性も決めなければいけないと思う。こういうことを動かすのが選挙だと思っていまして、ぜひ、任期中の次の衆議院の解散・総選挙。ここでは令和の時代に向けて、大きな課題を解決する道筋をつけるための選挙をもう1回やってもらいたいと思います」

安倍晋三総裁:「今回は令和の時代初めての選挙だったわけであります。衆議院の選挙については、衆議院議員というのは常に緊張感を持たなければいけないと思いますし、衆議院の解散、これは選択肢から外しているわけではありませんが、われわれも常に緊張感を持って、政治を前に進めていきたい。また、さまざまな大きな課題に挑戦していきたいと思っております」

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

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■北海道警HP

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救う会道南HP

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特定失踪者問題調査会HP

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■実録!絵で見る北朝鮮「教化所」拷問の実態「THE FACT」

https://youtu.be/QBJcDDGwdFo

アメリ北朝鮮人権委員会(HRNK)HP

https://www.hrnk.org/

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

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■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナTV脱北者日本語字幕版

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◆昭和55(1980)年5月頃

欧州における日本人男性拉致容疑事案

被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)

(拉致被害時22歳)

※This person was Abduction by North Korea

被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)

(拉致被害時26歳)

※This person was Abduction by North Korea

2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。

昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。

北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。

捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

熊本県警HP

http://www.police.pref.kumamoto.jp/

[In or around May 1980: Two Japanese men abducted in Europe]

Abductees: Toru Ishioka (22, male, Europe), Kaoru Matsuki (26, male, Europe)

Both men disappeared while living in Europe in 1980. A letter postmarked in Poland and sent by Mr. Ishioka in 1988 to his family in Japan indicated that he, Mr. Matsuki and Keiko Arimoto (see 12 below) were all living in North Korea.

North Korea asserts that Mr. Ishioka and Ms. Arimoto died in a gas poisoning accident in November 1988, but has provided no documents or evidence to support these claims. North Korea also asserts that Mr. Matsuki died in an automobile accident in August 1996. In September 2002, and at the Third Japan-North Korea Working-Level Consultations held in September 2002 and November 2004, North Korea handed over remains possibly belonging to Mr. Matsuki, but analysis in Japan indicates that these remains contain DNA belonging to someone else.

The Japanese authorities issued arrest warrants in June 2007 for Junko Mori and Sakiko Wakabayashi (nee Kuroda), wives of Yodo-go members, who are believed to be responsible for these abductions, and listed them both with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite them to Japan.

《特定失踪者・吉田雪江さんについて》

◆氏名:吉田 雪江

(よしだゆきえ)

(Yukie Yoshida)

◆失踪年月日:昭和42(1967)年1月28日

◆生年月日:昭和24(1949)年2月18日

◆性別:女性

◆当時の年齢:17歳

◆当時の住所:北海道釧路市

◆当時の身分:電話交換手

◆身長:156cm

◆体重:55kg

◆特徴:

1)中肉

2)鼻は丸い

3)活発で明朗、真面目な性格

◆失踪当時の服装:オーバーを羽織って長靴を履いていた

◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】

失踪当日夕方、会社の同僚の結婚式が6時頃からあり、退勤後自宅に戻り着替えてから式場に向かった。

終了後式場からいったん自宅に戻り、午後8時30分から9時の間くらいに新婚旅行への出発を見送りに行くと時刻表を指して時間を確認し、自宅から長靴で出かけたまま失踪。

服装は結婚式に出た服装で、その上にオーバーを羽織っていた。

新婚旅行の出発は選挙のため投票してから出かけるために変更になっていた。

警察の報告では駅で見かけた人はいなかった。

荷物も持っておらず、社内預金もそのままだった。

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による吉田雪江さん失踪事件の解説】

吉田雪江さんは電話交換手でした。電話交換手といっても若い方は分からないかも知れません。昔は電話は自動ではなく、電話局で交換手が切り替えてつないでいました。今もダイヤルインでない会社の総務などはそれに類する仕事をしていますが、昔は交換手という職種自体が専門職で資格試験もありました。

交換手だけではないのですが、特定失踪者で電話に係わる仕事の人が多いのは前から注目されています。これがどういう意味を持つのか現時点では分かりません。考えられるのは、例えば「若い女性を連れてこい」という命令が北朝鮮から日本国内の固定工作員や土台人、日本人協力者にあった場合、対象者選定の基準として電話交換手というのがあった可能性があるということです。昔であれば社会的ステイタスのあった仕事ですから、その資格を持っていれば能力があるという証明になったのではないか。

《特定失踪者・紺屋淑子さんについて》

◆氏名:紺屋 淑子

(こんやよしこ)

(Yoshiko Konya)

◆失踪年月日:昭和60(1985)年9月16日

◆生年月日:昭和37(1962)年2月16日

◆性別:女性

◆当時の年齢:23歳

◆当時の身分:理容・美容専門学校学生

◆当時の住所:北海道釧路市鶴ヶ岱の学生アパート

◆身長:157cm

◆体重:52kg

◆特徴:

1)中肉

2)頭髪パーマ

3)近視で眼鏡使用

4)ビートルズのファンでレコードをたくさん持っていた

◆失踪場所:北海道釧路市。当時居住していたアパート

【失踪状況】

9月16日、当時見習いとして働いていた勤務先に「仕事を休む」と電話連絡あり。

9月18日、学校から家族に欠席の連絡があり失踪が分かった。

2日後釧路警察署に届け捜査行われる。

室内に他人が入った形跡なし。

洗濯物は干してあった。

眼鏡もそのままなので、16日夕方に近くの大衆浴場へ行きその途中で拉致された可能性もある。

失踪したときの貯金には全く手が付けられていない。

《特定失踪者・高橋勝彦さんについて》

◆氏名:高橋 勝彦

(たかはしかつひこ)

(Katsuhiko Takahashi)

◆失踪年月日:昭和62(1987)年1月22日

◆生年月日:昭和34(1959)年7月5日

◆性別:男

◆当時の年齢:27歳

◆当時の住所:北海道釧路市の学校の教員住宅

◆当時の身分:聾学校教員

◆身長:170cm

◆体重:65kg

◆血液型:A型

◆特徴:

1)痩せ型

2)額の真ん中に3cm程度の傷がある

3)乱視。眼鏡は持っていたがかけていなかった

◆失踪場所:北海道釧路市の学校の教員住宅

【失踪状況】

前日(1月21日)夜12時まで釧路市内にある勤務先の学校の同僚と一緒にいて、午後10〜12時に一緒にテレビでアイスホッケーを見ていた。

その後帰宅したが、翌朝出勤しなかった。

学校には21日に支給された給料袋がそのまま置いてあった。

同僚の先生たちは飲みに行って事件にでも巻き込まれたのかと思い写真を持って回って調べたがまったくそれらしい情報はなかった。

車を買ったばかりで借金はあったが明るくきちんとした性格で、それでいなくなるようなことはありえないとのこと。

車は校宅に置いたままであった。

《特定失踪者・曽ヶ端崇史さんについて》

◆氏名:曽ヶ端 崇史

(そがはたたかふみ)

(Takafumi Sogahata)

◆失踪年月日:平成7(1995)年8月24日

◆生年月日:昭和48(1953)年6月19日

◆性別:男

◆当時の年齢:22歳

◆当時の住所:北海道釧路市

◆当時の身分:釧路公立大経済学部3年生

◆身長:170cm

◆体重:80kg

◆特徴:

1)高校時代山岳部で登山が趣味

2)飲酒・喫煙する

3)野球部にいた

◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】

厚岸で塾のアルバイトをしていた。

アルバイト終了後、バイト先の仲間たち8人くらいと曽ヶ端さんの車を含む車数台で釧路市内の軽食喫茶へ夕食に行く。

その後近くに住む後輩を送って下宿に向かう。

以来消息なし。

下宿に戻ったかどうかも分からない。

26日夕方、実家から下宿先に電話するが応答が無かった。

車も不明。

下宿は洗濯機の中に洗濯物が入ったまま。

窓は開けたままだった。

釧路西・東港で測量会社に海底の調査を依頼したが車はなかった。

《警視庁公開特定失踪者・小住健藏さんについて》

※西新井事件の被害者

◆氏名:小住 健藏

(こすみけんぞう)

(Kenzou Kosumi)

◆当時の年齢:27歳(行方不明当時)

◆当時の住所:東京都板橋区

◆当時の職業:工員

◆身長:160cmくらい

【失踪状況】

昭和36年以降、行方不明になっています。

「西新井事件」は、秋田県下の海岸から密入国した北朝鮮工作員チェ・スンチョルが、小熊和也さん、小住健藏さんの2人の実在する日本人に成り代わり、対韓国工作、極東におけるスパイ拠点の構築、日本の防衛力等に関する情報収集等を行っていた事件です。

警視庁は、その後の捜査により、自称小住健藏こと通称チェ・スンチョルを免状等不実記載同行使違反の容疑等で逮捕状の発付を得て国際手配の手続を行うとともに、警察庁を通じて、北朝鮮に対し身柄の引き渡しを要求しています。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

秋田県警HP

http://www.police.pref.akita.jp/

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】お知らせ[「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」]/AKT

f:id:Hanzoandmozu:20190724124037j:plain

-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」毎週金曜日放送中!》

■FM「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」

毎週金曜日夜6時から秋田コミュニティ放送76.5(秋田市)で絶賛放送中!

[パーソナリティ]

☆村尾建兒(特定失踪者問題調査会副代表)

☆宇佐美由美子(歌手)

■秋田コミュニティ放送76.5

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■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

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《特定失踪者・木村かほるさんについて》

◆氏名:木村 かほる

(きむらかおる)

Kaoru Kimura)

◆失踪年月日:昭和35(1960)年2月27日

◆生年月日:昭和13(1938)年8月27日

◆性別:女性

◆当時の年齢:21歳

◆当時の住所:秋田県秋田市中通

◆当時の身分:日赤秋田高等看護学校3年生

◆身長:152cm

◆血液型:B型

◆特徴:

1)中肉中背

2)色白でいつも微笑みをたたえ優しい感じ

3)知的で物静か

◆失踪場所:秋田市

【失踪状況】

戸籍上は「かをる」だが、日常は「かほる」としていた。

看護学校の卒業式を10日後に控えていた2月27日午後5時半ごろ、「ちょっと出掛けてくる」と言って学校の同室の友人数人に言って出て行ったきり戻らず。看護学生の教則「看護必携」を抱えていたという。

金正日キム・ジョンイル)の料理人」こと藤本健二氏ら複数の北朝鮮での目撃証言がある。

平成16年9月29日、青森県八戸署に告発状を提出。

秋田県警HP

http://www.police.pref.akita.jp/

【歌集『いもうと』のご案内】

木村かほるさん(昭和35年秋田で失踪)のお姉さん、天内みどりさんがこのたび歌集『いもうと』を上梓されました。かほるさんへの思いが綴られた多数の短歌が掲載されています。

◆「お姉ちゃん」と呼ぶ声のして目覚めたり昨日も今日もそしてあしたも

平壌にゐると言はるる妹に会ふこともなく弟逝きぬ

◆再調査に思ひめぐらせ浜梨の香る道ゆく海眺めつつ

また、本書の冒頭にはお父さんが手帳に書き留めていた短歌も掲載さいれています。その一つは次のようなものです。

◆今ははや生きてあらじとあきらめて帰り行く父あわれと思へ

天内さんによれば「亡くなった父の遺品を整理していましたら今から56年前、すなわち妹が失踪した年の手帳が残されていて、中を覗いたら妹を捜しにいった日の夜書いた短歌六首が書き残されていたのです。短歌とは無縁の父が、極限の悲しみを短歌に詠んでいたのです」とのこと。

私の余計な解説は無用だと思います。本書は近代文芸社刊、本体価格1,800円です。書店でお求めになれます。

天内さんの思いは他の特定失踪者ご家族も共有しているものです。多くの方がその思いの一端に触れていただければ幸いです。

(荒木和博・特定失踪者問題調査会代表)

《特定失踪者・石田 清さんについて》

◆氏名:石田 清

(いしだきよし)

(Kiyoshi Isida)

◆失踪年月日:昭和44(1969)年9月末~10月初め頃

◆生年月日:昭和18(1943)年3月16日

◆性別:男

◆当時の年齢:26歳

◆当時の住所:秋田県能代市二ツ井(旧二ツ井町

◆当時の身分:自動車板金工

◆身長:158cm

◆体重:56kgくらい

◆血液型:A型

◆特徴:

1)片方の黒目が若干欠けている

2)車の板金技術を持っているが、自家用車所有せず

3)中学在学時は化学部に所属

◆失踪場所:秋田県山本郡二ツ井町(現・能代市)自宅アパートから

【失踪状況】

実家に稲刈りの手伝いに来て「明日も来る」と言っていたが、翌日来なかった。

自宅アパートの隣の家に寝巻きが投げ捨てられており、その家の電線(もしくは電話線)が切られていたことから、事件ではないかと警察に通報した。

また日時は不明だが、二ツ井高校近くのバス停の鷹巣方面、藤里方面行き乗り場に立っていたという目撃情報もあった。

《特定失踪者・薩摩勝博さんについて》

◆氏名:薩摩 勝博

(さつまかつひろ)

(Katsuhiro Satsuma)

◆失踪年月日:昭和48(1973)年1月

◆生年月日:昭和24(1949)年10月11日

◆性別:男

◆当時の年齢:23歳

◆当時の住所:秋田県山本郡八峰町(旧峰浜町)

◆当時の身分:農業・牛乳販売店勤務

◆農閑期の勤務先:東京都杉並区

◆失踪場所:秋田県峰浜村(現八峰町)の実家から能代市に向かったのが最後

【失踪状況】

失踪当時は農閑期だったため、勝博さんは出稼ぎで東京都杉並区の牛乳販売店に勤めていた。

そこを頼っていった同じ村落出身の女性(能代市居住)としばらく同居していた。

二人は結婚の意思を固め、失踪前夜に勝博さんの実家を揃って訪れるが父や親戚に反対される。

その夜は実家に泊まり、翌朝「彼女を能代市内に送ってくる」と行ったまま戻らず。

車も発見されていない。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》

◆氏名:佐藤 正行

(さとうまさゆき)

(Masayuki Satou)

◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日

◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日

◆性別:男

◆当時の年齢:27歳

◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区

◆当時の身分:製薬会社勤務

秋田県秋田市新屋出身

◆身長:170cm

◆体重:60kg

◆特徴:

1)やや面長

2)眼鏡とコンタクトレンズを併用

◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】

外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。

部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。

■愛知県警HP

http://www.pref.aichi.jp/police/

《特定失踪者・松橋恵美子さんについて》

◆氏名:松橋 恵美子

(まつはしえみこ)

(Emiko Matsuhashi)

◆失踪年月日:平成4(1992)年1月15日

◆生年月日:昭和40(1965)年5月15日

◆性別:女性

◆当時の年齢:26歳

◆当時の住所:秋田県北秋田郡合煎町三里字屋布岱74-3(現・北秋田市

◆当時の身分:縫製工場勤務

◆失踪場所:秋田県能代市能代

【失踪状況】

祖母に「鷹ノ巣に行って来る」と告げて車で出かけたまま、その日は戻らなかった。

友人の家に行ったのだろうと思っていたら、翌朝出勤していないことがわかる。

家族で探したところ、能代市の海岸で車が見つかる。

車内には身の回りのものが全て残っていた。

北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

【松橋恵美子さんの捜索状況】

失踪後、能代浜を中心に、象潟から深浦に至る150kmの日本海沿岸と、生家の周辺の川や野山を10数日にわたり、隈無く捜索したにもかかわらず、発見に至っていない。

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】安倍晋三・橋下 徹編[参議院選挙]/AKT

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-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!どうなる令和の日本 自民・安倍総裁に生直撃》

自民党安倍晋三総裁に参院選の結果について、大阪のスタジオにいる橋下 徹氏とともに中継で質問を行いました。

■衆参ダブル選挙、やっときゃよかった?

橋下 徹氏:「まず自民党公明党の圧勝おめでとうございます。僕は正直、衆議院参議院のダブル選挙を期待していました。やはり、安倍さんの総理の任期中に絶対に憲法改正国民投票憲法改正の発議をやっていただきたかったんです。それはやっぱり、国民の大きなうねりを起こさなければ絶対できないと。背水の陣で、総理が、これはもう憲法改正をやるんだと、負けか勝つか、いちかばちかでやるんだというエネルギーが、国民のうねりを起こしたと思うんですが、今、この結果を受けて、圧勝ですけど、衆参ダブルにしておけばよかったなという悔いはありませんか」

安倍晋三総裁:「迷わなかったと言えばうそになるわけですが、すでに、衆議院においては3分の2の多数を与党でもいただいています。基本的には、参議院においては、安定した多数を得たうえにおいて、そのうえで維新の会の皆さんにもご協力いただきながら、国民民主党の皆さんの中にも、憲法議論をしっかりしたいと言っている方もおられるんだろうと思います。街頭演説においては、ほとんどの会場で、議論する政党か候補者か、あるいは、議論すら拒否する政党か候補者かということを訴えてきました。結果としては、国民の皆様は、ちゃんと議論せよということだったんだろうと思います。私の使命として、残された任期の中で憲法改正に挑んでいきたいと考えています」

改憲議論をしようじゃないか

橋下 徹氏:「僕がいちかばちかの政治をずっとやってきた時に、菅 義偉官房長官拉致問題担当大臣)にも、『橋下さん、もうちょっと大人の政治をやったら』なんていうことも言われたことがあるんです。やっぱり今回は、総理は大人の政治をされたと思いますが、今回の選挙結果を受けて、衆議院憲法調査会を、全会一致の原則を外して、自民党改憲勢力の多数決で衆議院憲法調査会を動かしていかれるということですか」

安倍晋三総裁:「共産党は、党首討論でも明らかになったように議論すらしないという姿勢を明らかにしています。それでは、全員が一致しない限り議論すらしないということであったら、国会議員としての職責を果たせないじゃないですか。参議院でこの1年間、たった3分ですからね、憲法審査会。これでわたしたちは、責任を果たしているとは言えないと思います。この選挙の結果を受けて、野党の皆さんにも真摯(しんし)に対応していただきたいと思います」

橋下 徹氏:「共産党は初めから“議論しない”と言っているのと同じく、立憲民主党も“安倍政権中には議論しない”と言っています。これは共産党だけじゃなく、立憲民主党もある意味、職務放棄とみなして、そこの同意がなくても憲法調査会は進めていくということですか」

安倍晋三総裁:「立憲民主党の皆さんが、安倍政権の間は議論しないと。これはおかしな議論なんですが、この選挙結果を受けて真摯に受け止めて、やっぱり、国会議員は議論するのが仕事ですから、その責任を果たしてもらいたい。まずは、立憲民主党の方がどう考えるかということを見ていきたいと思っています」

■消費税10年10%は本当?

安倍晋三総裁:「まず、私の任期は再来年までですから、完全に約束できるわけではないということは申し上げています。すでに安倍政権で2回上げております。5%上げているんですが、今度上げていけばですね10月に、上げていく予定ですが。安倍政権の間は上げないとお約束できますが、同時に今年、税収は過去最高、バブル期を抜いています。2025年の黒字化の見通しも立ちつつありますから、私は今のまま、今の経済政策を進めていけば、上げる必要ないだろうと考えています」

■安倍総裁が野党なら安倍自民の何を批判した?

安倍晋三総裁:「それは非常に難しい問題で、批判するところはないと答えたいんですが。野党として、安倍政権に対する批判というのは難しい質問なんですが、野党は、今の野党らしい批判をしているんだろうなと思います。私、野党だったら、もうちょっと建設的な議論をして、そのうえにおいて、自民党を支持している支持者の票を取っていくという戦略を考えるだろうと思います」

拉致問題・日露の問題は任期中どう解決するのか見通しは?

安倍総裁:「神戸における演説会の街頭においてですね、有本恵子さんのお父さん(有本明弘さん)も90歳になられるんですが来ておられました。大変、私も総理になりながら解決できない。本当に痛恨の極みでありますが、その中で、あらゆるチャンスを逃さずに、行動する時には果敢に行動していきたいと考えています。また、日・露の平和条約、何十年間解決できなかった問題ですから、そう簡単に解決できる問題ではもちろんないんですが、やっと新しいアプローチにおいて、具体的な可能性が出てきたと思っておりますので、なんとか、任期中に平和条約を前進させたい。締結に向けて、しっかり進んでいきたいと思っています」

■最後に橋本氏が聞きたいことは?

橋下 徹氏:「僕は、やっぱり日本にまだ積み重なっているいろんな課題、大きな課題があると思います。やっぱり靖国参拝ですね。日本のリーダー、また陛下に靖国は絶対に参拝に行っていただきたい。僕は、それをやろうと思えば、戦争指導者の分祀(ぶんし)しかない、これは僕の持論ですけど。北方領土に関しても、4島返還が無理なのであれば、やっぱり2島返還の方向性も決めなければいけないと思う。こういうことを動かすのが選挙だと思っていまして、ぜひ、任期中の次の衆議院の解散・総選挙。ここでは令和の時代に向けて、大きな課題を解決する道筋をつけるための選挙をもう1回やってもらいたいと思います」

安倍晋三総裁:「今回は令和の時代初めての選挙だったわけであります。衆議院の選挙については、衆議院議員というのは常に緊張感を持たなければいけないと思いますし、衆議院の解散、これは選択肢から外しているわけではありませんが、われわれも常に緊張感を持って、政治を前に進めていきたい。また、さまざまな大きな課題に挑戦していきたいと思っております」

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

秋田県警HP

http://www.police.pref.akita.jp/

救う会秋田HP

http://sukuukai-akita.com/

救う会秋田facebook

http://ja-jp.facebook.com/sukuukaiakita/

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP

http://hrnk.trycomp.net/

■No Fence北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会HP

http://www.nofence.jp/

北朝鮮人権人道ネットワークfacebook

http://www.facebook.com/nknet2015

■自由朝鮮HP

http://cheollimacivildefense.org/

■実録!絵で見る北朝鮮「教化所」拷問の実態「THE FACT」

https://youtu.be/QBJcDDGwdFo

アメリ北朝鮮人権委員会(HRNK)HP

https://www.hrnk.org/

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」

http://kenkato.blog.jp/

■ベナTVHP

http://www.benamu.org

■ベナTVブログ

http://blog.naver.com/benamu1004

■ベナTVFacebook

http://www.facebook.com/bnatv1004

北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ

http://blog.goo.ne.jp/aeran2000

■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナTV脱北者日本語字幕版

https://www.youtube.com/playlist?list=PLS0GqKLezT4179A9Wy4smneKYQxrq2shl

《特定失踪者・木村かほるさんについて》

◆氏名:木村 かほる

(きむらかおる)

Kaoru Kimura)

◆失踪年月日:昭和35(1960)年2月27日

◆生年月日:昭和13(1938)年8月27日

◆性別:女性

◆当時の年齢:21歳

◆当時の住所:秋田県秋田市中通

◆当時の身分:日赤秋田高等看護学校3年生

◆身長:152cm

◆血液型:B型

◆特徴:

1)中肉中背

2)色白でいつも微笑みをたたえ優しい感じ

3)知的で物静か

◆失踪場所:秋田市

【失踪状況】

戸籍上は「かをる」だが、日常は「かほる」としていた。

看護学校の卒業式を10日後に控えていた2月27日午後5時半ごろ、「ちょっと出掛けてくる」と言って学校の同室の友人数人に言って出て行ったきり戻らず。看護学生の教則「看護必携」を抱えていたという。

金正日キム・ジョンイル)の料理人」こと藤本健二氏ら複数の北朝鮮での目撃証言がある。

平成16年9月29日、青森県八戸署に告発状を提出。

秋田県警HP

http://www.police.pref.akita.jp/

【歌集『いもうと』のご案内】

木村かほるさん(昭和35年秋田で失踪)のお姉さん、天内みどりさんがこのたび歌集『いもうと』を上梓されました。かほるさんへの思いが綴られた多数の短歌が掲載されています。

◆「お姉ちゃん」と呼ぶ声のして目覚めたり昨日も今日もそしてあしたも

平壌にゐると言はるる妹に会ふこともなく弟逝きぬ

◆再調査に思ひめぐらせ浜梨の香る道ゆく海眺めつつ

また、本書の冒頭にはお父さんが手帳に書き留めていた短歌も掲載さいれています。その一つは次のようなものです。

◆今ははや生きてあらじとあきらめて帰り行く父あわれと思へ

天内さんによれば「亡くなった父の遺品を整理していましたら今から56年前、すなわち妹が失踪した年の手帳が残されていて、中を覗いたら妹を捜しにいった日の夜書いた短歌六首が書き残されていたのです。短歌とは無縁の父が、極限の悲しみを短歌に詠んでいたのです」とのこと。

私の余計な解説は無用だと思います。本書は近代文芸社刊、本体価格1,800円です。書店でお求めになれます。

天内さんの思いは他の特定失踪者ご家族も共有しているものです。多くの方がその思いの一端に触れていただければ幸いです。

(荒木和博・特定失踪者問題調査会代表)

《特定失踪者・石田 清さんについて》

◆氏名:石田 清

(いしだきよし)

(Kiyoshi Isida)

◆失踪年月日:昭和44(1969)年9月末~10月初め頃

◆生年月日:昭和18(1943)年3月16日

◆性別:男

◆当時の年齢:26歳

◆当時の住所:秋田県能代市二ツ井(旧二ツ井町

◆当時の身分:自動車板金工

◆身長:158cm

◆体重:56kgくらい

◆血液型:A型

◆特徴:

1)片方の黒目が若干欠けている

2)車の板金技術を持っているが、自家用車所有せず

3)中学在学時は化学部に所属

◆失踪場所:秋田県山本郡二ツ井町(現・能代市)自宅アパートから

【失踪状況】

実家に稲刈りの手伝いに来て「明日も来る」と言っていたが、翌日来なかった。

自宅アパートの隣の家に寝巻きが投げ捨てられており、その家の電線(もしくは電話線)が切られていたことから、事件ではないかと警察に通報した。

また日時は不明だが、二ツ井高校近くのバス停の鷹巣方面、藤里方面行き乗り場に立っていたという目撃情報もあった。

《特定失踪者・薩摩勝博さんについて》

◆氏名:薩摩 勝博

(さつまかつひろ)

(Katsuhiro Satsuma)

◆失踪年月日:昭和48(1973)年1月

◆生年月日:昭和24(1949)年10月11日

◆性別:男

◆当時の年齢:23歳

◆当時の住所:秋田県山本郡八峰町(旧峰浜町)

◆当時の身分:農業・牛乳販売店勤務

◆農閑期の勤務先:東京都杉並区

◆失踪場所:秋田県峰浜村(現八峰町)の実家から能代市に向かったのが最後

【失踪状況】

失踪当時は農閑期だったため、勝博さんは出稼ぎで東京都杉並区の牛乳販売店に勤めていた。

そこを頼っていった同じ村落出身の女性(能代市居住)としばらく同居していた。

二人は結婚の意思を固め、失踪前夜に勝博さんの実家を揃って訪れるが父や親戚に反対される。

その夜は実家に泊まり、翌朝「彼女を能代市内に送ってくる」と行ったまま戻らず。

車も発見されていない。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》

◆氏名:佐藤 正行

(さとうまさゆき)

(Masayuki Satou)

◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日

◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日

◆性別:男

◆当時の年齢:27歳

◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区

◆当時の身分:製薬会社勤務

秋田県秋田市新屋出身

◆身長:170cm

◆体重:60kg

◆特徴:

1)やや面長

2)眼鏡とコンタクトレンズを併用

◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】

外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。

部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。

■愛知県警HP

http://www.pref.aichi.jp/police/

《特定失踪者・松橋恵美子さんについて》

◆氏名:松橋 恵美子

(まつはしえみこ)

(Emiko Matsuhashi)

◆失踪年月日:平成4(1992)年1月15日

◆生年月日:昭和40(1965)年5月15日

◆性別:女性

◆当時の年齢:26歳

◆当時の住所:秋田県北秋田郡合煎町三里字屋布岱74-3(現・北秋田市

◆当時の身分:縫製工場勤務

◆失踪場所:秋田県能代市能代

【失踪状況】

祖母に「鷹ノ巣に行って来る」と告げて車で出かけたまま、その日は戻らなかった。

友人の家に行ったのだろうと思っていたら、翌朝出勤していないことがわかる。

家族で探したところ、能代市の海岸で車が見つかる。

車内には身の回りのものが全て残っていた。

北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

【松橋恵美子さんの捜索状況】

失踪後、能代浜を中心に、象潟から深浦に至る150kmの日本海沿岸と、生家の周辺の川や野山を10数日にわたり、隈無く捜索したにもかかわらず、発見に至っていない。

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】安倍晋三・橋下 徹編[参議院選挙]/SAY

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-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!どうなる令和の日本 自民・安倍総裁に生直撃》

自民党安倍晋三総裁に参院選の結果について、大阪のスタジオにいる橋下 徹氏とともに中継で質問を行いました。

■衆参ダブル選挙、やっときゃよかった?

橋下 徹氏:「まず自民党公明党の圧勝おめでとうございます。僕は正直、衆議院参議院のダブル選挙を期待していました。やはり、安倍さんの総理の任期中に絶対に憲法改正国民投票憲法改正の発議をやっていただきたかったんです。それはやっぱり、国民の大きなうねりを起こさなければ絶対できないと。背水の陣で、総理が、これはもう憲法改正をやるんだと、負けか勝つか、いちかばちかでやるんだというエネルギーが、国民のうねりを起こしたと思うんですが、今、この結果を受けて、圧勝ですけど、衆参ダブルにしておけばよかったなという悔いはありませんか」

安倍晋三総裁:「迷わなかったと言えばうそになるわけですが、すでに、衆議院においては3分の2の多数を与党でもいただいています。基本的には、参議院においては、安定した多数を得たうえにおいて、そのうえで維新の会の皆さんにもご協力いただきながら、国民民主党の皆さんの中にも、憲法議論をしっかりしたいと言っている方もおられるんだろうと思います。街頭演説においては、ほとんどの会場で、議論する政党か候補者か、あるいは、議論すら拒否する政党か候補者かということを訴えてきました。結果としては、国民の皆様は、ちゃんと議論せよということだったんだろうと思います。私の使命として、残された任期の中で憲法改正に挑んでいきたいと考えています」

改憲議論をしようじゃないか

橋下 徹氏:「僕がいちかばちかの政治をずっとやってきた時に、菅 義偉官房長官拉致問題担当大臣)にも、『橋下さん、もうちょっと大人の政治をやったら』なんていうことも言われたことがあるんです。やっぱり今回は、総理は大人の政治をされたと思いますが、今回の選挙結果を受けて、衆議院憲法調査会を、全会一致の原則を外して、自民党改憲勢力の多数決で衆議院憲法調査会を動かしていかれるということですか」

安倍晋三総裁:「共産党は、党首討論でも明らかになったように議論すらしないという姿勢を明らかにしています。それでは、全員が一致しない限り議論すらしないということであったら、国会議員としての職責を果たせないじゃないですか。参議院でこの1年間、たった3分ですからね、憲法審査会。これでわたしたちは、責任を果たしているとは言えないと思います。この選挙の結果を受けて、野党の皆さんにも真摯(しんし)に対応していただきたいと思います」

橋下 徹氏:「共産党は初めから“議論しない”と言っているのと同じく、立憲民主党も“安倍政権中には議論しない”と言っています。これは共産党だけじゃなく、立憲民主党もある意味、職務放棄とみなして、そこの同意がなくても憲法調査会は進めていくということですか」

安倍晋三総裁:「立憲民主党の皆さんが、安倍政権の間は議論しないと。これはおかしな議論なんですが、この選挙結果を受けて真摯に受け止めて、やっぱり、国会議員は議論するのが仕事ですから、その責任を果たしてもらいたい。まずは、立憲民主党の方がどう考えるかということを見ていきたいと思っています」

■消費税10年10%は本当?

安倍晋三総裁:「まず、私の任期は再来年までですから、完全に約束できるわけではないということは申し上げています。すでに安倍政権で2回上げております。5%上げているんですが、今度上げていけばですね10月に、上げていく予定ですが。安倍政権の間は上げないとお約束できますが、同時に今年、税収は過去最高、バブル期を抜いています。2025年の黒字化の見通しも立ちつつありますから、私は今のまま、今の経済政策を進めていけば、上げる必要ないだろうと考えています」

■安倍総裁が野党なら安倍自民の何を批判した?

安倍晋三総裁:「それは非常に難しい問題で、批判するところはないと答えたいんですが。野党として、安倍政権に対する批判というのは難しい質問なんですが、野党は、今の野党らしい批判をしているんだろうなと思います。私、野党だったら、もうちょっと建設的な議論をして、そのうえにおいて、自民党を支持している支持者の票を取っていくという戦略を考えるだろうと思います」

拉致問題・日露の問題は任期中どう解決するのか見通しは?

安倍総裁:「神戸における演説会の街頭においてですね、有本恵子さんのお父さん(有本明弘さん)も90歳になられるんですが来ておられました。大変、私も総理になりながら解決できない。本当に痛恨の極みでありますが、その中で、あらゆるチャンスを逃さずに、行動する時には果敢に行動していきたいと考えています。また、日・露の平和条約、何十年間解決できなかった問題ですから、そう簡単に解決できる問題ではもちろんないんですが、やっと新しいアプローチにおいて、具体的な可能性が出てきたと思っておりますので、なんとか、任期中に平和条約を前進させたい。締結に向けて、しっかり進んでいきたいと思っています」

■最後に橋本氏が聞きたいことは?

橋下 徹氏:「僕は、やっぱり日本にまだ積み重なっているいろんな課題、大きな課題があると思います。やっぱり靖国参拝ですね。日本のリーダー、また陛下に靖国は絶対に参拝に行っていただきたい。僕は、それをやろうと思えば、戦争指導者の分祀(ぶんし)しかない、これは僕の持論ですけど。北方領土に関しても、4島返還が無理なのであれば、やっぱり2島返還の方向性も決めなければいけないと思う。こういうことを動かすのが選挙だと思っていまして、ぜひ、任期中の次の衆議院の解散・総選挙。ここでは令和の時代に向けて、大きな課題を解決する道筋をつけるための選挙をもう1回やってもらいたいと思います」

安倍晋三総裁:「今回は令和の時代初めての選挙だったわけであります。衆議院の選挙については、衆議院議員というのは常に緊張感を持たなければいけないと思いますし、衆議院の解散、これは選択肢から外しているわけではありませんが、われわれも常に緊張感を持って、政治を前に進めていきたい。また、さまざまな大きな課題に挑戦していきたいと思っております」

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

山形県警HP

http://www.pref.yamagata.jp/police/

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP

http://hrnk.trycomp.net/

■No Fence北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会HP

http://www.nofence.jp/

北朝鮮人権人道ネットワークfacebook

http://www.facebook.com/nknet2015

■自由朝鮮HP

http://cheollimacivildefense.org/

■実録!絵で見る北朝鮮「教化所」拷問の実態「THE FACT」

https://youtu.be/QBJcDDGwdFo

アメリ北朝鮮人権委員会(HRNK)HP

https://www.hrnk.org/

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」

http://kenkato.blog.jp/

■ベナTVHP

http://www.benamu.org

■ベナTVブログ

http://blog.naver.com/benamu1004

■ベナTVFacebook

http://www.facebook.com/bnatv1004

北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ

http://blog.goo.ne.jp/aeran2000

■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナTV脱北者日本語字幕版

https://www.youtube.com/playlist?list=PLS0GqKLezT4179A9Wy4smneKYQxrq2shl

《特定失踪者・齋藤 武さんについて》

◆氏名:齋藤 武

(さいとうたけし)

(Takeshi Saitou)

◆失踪年月日:昭和58(1983)年10月30日

◆生年月日:昭和20(1945)6月14日

◆性別:男

◆当時の年齢:39歳

◆当時の住所:神奈川県横浜市

◆当時の身分:会社員

山形県酒田市出身

◆身長:168cm

◆特徴:子供の時、凍傷で左手親指の爪が欠落

◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】

昭和60年1月にアパートの大家から家賃未納の手紙が届き、失踪していることが判明した。

家人が会社に問い合わせたところ、昭和59年10月で退職し、以後行方不明であるとのことであった。

失踪者の部屋の様子は衣服にカビが生え、缶詰は錆び付いているなど数年間も住んでいなかったような感じで、荷物もそのままの状況だった。

■神奈川県警HP

http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・布施範行さんについて》

◆氏名:布施 範行

(ふせのりゆき)

(Noriyuki Fuse

◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月

◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日

◆性別:男

◆当時の年齢:23歳

◆当時の住所:愛知県名古屋市北区

◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)

◆身長:180cm

◆特徴:

1)痩せ型

2)寡黙でおとなしい

◆失踪場所:

1)愛知県

2)沖縄県

【失踪状況】

前年に大学卒業後、愛知県名古屋市の会社に入社後、研修を経て岐阜支店に勤務したが、その年の12月に退社。

失踪当時は名古屋のプレハブ工事現場で働く。

3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。

3ヶ月前に実家で会ったときとは別人の様相。

「2ヶ月で帰る」とあったがその後連絡なし。

預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。

家財、布団など全て処分していた。

昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。

失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。

平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。

■愛知県警HP

http://www.pref.aichi.jp/police/

沖縄県警HP

http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・小谷幸夫さんについて》

◆氏名:小谷 幸夫

(こたにゆきお)

(Yukio Kotani)

◆失踪年月日:昭和43(1968)年7月21日

◆生年月日:昭和22(1947)年2月13日

◆性別:男

◆当時の年齢:21歳

◆当時の住所:東京都練馬区

◆当時の身分:大学4年生

◆身長:170cmより高め

◆体重:55kg~56kg

◆血液型:A型

◆特徴:

1)運転免許あり

2)緻密で真面目な性格

3)飲酒・喫煙する

4)趣味は登山、旅行、音楽、読書

5)株、商品取引で利益を得ていた様子

◆失踪場所:山形県飯豊連峰・飯豊本山付近

【失踪状況】

拓殖大学4年生在学中の夏休み、北海道へ帰省する途中に、飯豊連峰に登山中行方不明に。

19日に上野駅を出発し、翌日郡山を経て8:30に磐越西線山都駅に到着。

バスで登山口の一ノ木登山連絡所に行き、9:30頃に登山者名簿に記録を残す。

そこから飯豊山(2,205m)へ向かい、同日は手前の小屋に止まる。

21日朝3:30に同宿した4名とともに飯豊山を目指し、4:40頃に飯豊山着。

ここからガスがかかりだしたことから、同行の4人は引き返したが、小谷さん一人御西岳に向かい、そのまま行方不明。

地元警察などが捜索を行ったが遺留品など一切なし。

その後2年にわたって捜索が続けられたが全く手掛かりがなかった。

同泊した登山者の話では、小谷さんは「北股岳を通る」「朝日連峰にも登りたい」と話していたという。

上野で本人が送ったと思われる荷物だけが実家に届く。

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

■埼玉県警HP

http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》

◆氏名:酒井 秀俊

(さかいひでとし)

(Hidetoshi Sakai)

◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?

◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日

◆性別:男

◆当時の年齢:22歳

◆当時の住所:京都市右京区

◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生

◆身長:170cm

◆特徴:

1)中肉中背

2)盲腸の手術跡

3)酒はつきあい程度

4)趣味は絵画、スキー

◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】

当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と実家の愛知県一宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。

就職は岐阜県大垣市内に内定し、卒論に追われていた。

正月に母や姉の住む山形にも一宮市にも帰省しなかった。

下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。

失踪前の11月、海外旅行で一人でアムステルダムに2~3週間に行っていた。

京都府警HP

http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

■愛知県警HP

http://www.pref.aichi.jp/police/

岐阜県警HP

http://www.pref.gifu.lg.jp/police/

山形県警公開特定失踪者・大宮のぶ子さんについて》

◆氏名:大宮 のぶ子

(おおみやのぶこ)

Nobuko O'miya)

◆性別:女性

◆当時の年齢:36歳

◆当時の住所:京都府京都市

◆当時の身分:新聞配達員

◆身長:166cmくらい

【失踪状況】

平成3年5月上旬、当時住んでいた京都市内のアパートから姿を消して、以降行方不明になっています。

京都府警HP

http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.