もずの独り言・はてな版

半蔵ともず、はてなでも独り言です。

【みんな生きている】特別集会5・西岡 力編〈5人帰国後の攻防〉[文京区]/NTV〈東京〉

(2022年)

-その命、見捨てますか?-

《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!日・朝首脳会談から20年で特別集会》

■西岡 力(救う会会長)

◆「日本に残りたい」と「北朝鮮に返すべき」との戦い

5人の「一時帰国」後も政府の中で激しい議論があり、「北朝鮮との約束を守って(5人を)返すべきだ」という人がいた。外務省の当時の田中(田中 均)局長は、「戻さなければ自分とミスターXのラインが切れますよ」と言っていた。それは最近も彼が話しています。

もう20年経つので少しづつ色々な所で話していますが、実は5人の人たちは、「日本に残りたい」と秘密に言っていたのです。私は地村さんが実家に帰ったので、10月17日は実は地村さんの家に泊まっていたのです。マスコミ担当ということもあってですね。

地村さんは帰国してすぐ、「お父さんに話したらすぐマスコミに漏れるのでお父さんには話さないで」と言っていました。そこでお兄さんがいるのですが、お兄さんはマスコミが嫌いで一切記者会見に出なかった。そのお兄さんと、「兄貴酒を飲もう」と言って2階の部屋で酒を飲んでいた。私は隣の部屋にふとんを敷いてもらっていた。お父さんは1階で寝ていました。

夜中の3時頃、お兄さんが「どん、どん」と叩いて、私の部屋に来ました。

「どうしたんですか」と言ったら、「先生、弟が、『日本政府が守ってくれるなら日本に残りたい』と言っている。どうしたらいいですか」と言ってきた。

「日本政府の中で信用できるのは安倍(安倍晋三)副長官と中山恭子参与です。私が秘密にその2人に伝えます」と答えました。曽我さんからもその2人に連絡があった。

しかし蓮池さんは、ギリギリまで本当に日本が信用できるのか、子どもたちはどうなるのか」と考えていたんです。

◆5人の意思ではなく国家として返さないことに

何回も政府内で会議をしていたのですが、10日経って方針を決めなければならないという時に、安倍官房副長官の部屋で、田中局長や外務省の人たち、家族支援室の人たちと中山さんがいるところで会議が開かれた。会議をやっている最中に中山さんの携帯電話に蓮池さんの名前が表示された。

それを見て副長官に「電話をとってもいいですか」と許可を貰い、「みんなに聞こえるように話してください」と言われて、蓮池さんにも「みんなに聞こえるようにしてもいいですか」と聞いて、「いいです」と了解が取れた。すると蓮池さんが、「日本政府が子どもを取り返してくれるなら残りたいです」という話をした。

中山さんから話を聞くと、「そういう中でも(5人を返さなかったら)ラインが切れてしまいますよという人がいた」と。

でも日本に残すということになると、今度は「本人たちが残ると言ったから残すと発表しましょう」という人もいた。本人たちは、「日本政府が守ってくれるなら残りたい」と言った。「守ってくれる」ということの中には、自分たちの意思を北朝鮮に伝えてくれるということが入っているわけです。

家族が北朝鮮にいるんですから、自分たちが北朝鮮を裏切ったということになったら、家族の身に何か起きるかもしれないと心配するのは当たり前です。だから激しい議論の末、「本人の意思確認はしないで、日本が国家として日本に永住させる。但し、5人の家族が日本か第三国で自由な意思表示ができる所まで出てきて、相談して北に帰りたいと言ったらもちろん返す」という方針を決めた。

それも、安倍副長官がいなかったら、被害者をもう一度平壌に返していたかもしれない。テレビや新聞などは、「日本政府が逆拉致をした」と言った。本人たちは建前として、「北に帰りたいと」言っていた。「子どもがいる」と。その「子どもと本人を引き裂く逆拉致」だと言った。

それで蓮池さんは怒って、「自分の意思で残ったと言いたい」と言った。中山恭子さん等が、「私たちを悪者にしておけばいいのだからやめなさい」と言った。

中山恭子さんは参与という肩書で、非常勤ですからラインではなかったのですが、本当に親身になってやってくださった。当時中山さんは政治家でもなかった。

北朝鮮の様々な工作活動

5人が残ることになったら突然、横田夫妻のお孫さんのヘギョンさん(現在はウンギョンさん)が日本のテレビ局の取材に応じて、「おじいさん、おばあさん平壌に来て下さい」と言った。

その時、横田 滋さんは、「行ったとしてもマイナスはないのではないか」と、かなり行く方向でいました。そのシーンが「アニメめぐみ」にも出ています。その時、ある帰国した被害者から、「秘密に、慎重に会った方がいいですよ」というメッセージが届いた。

自分たちが日本に行く時、北朝鮮からいくつかのことをやれと言われていた。

その内の一つが、「横田夫妻平壌に連れてこい」だった。「だから何か準備してますよ」と。そういうことを家族が北朝鮮にいるのに教えてくれたんです。本当に帰ってきた人に感謝しているんです。だから5人の子どもが帰ってくるまで絶対に秘密だったのです。

その後、「めぐみさんが1993年に死んだ」と北朝鮮が発表しましたが、「1994年までは生きていました」というのも帰ってきた人が教えてくれました。それも子どもたちが向こうにいる時に教えてくれました。

最初に夫が出てきて、「横田夫妻が来ないと渡さない」と言った。それで失敗した。今度は5人を平壌に置いておく筈だったが、横田夫妻が来ないから「一時帰国」で送って、平壌に連れていこうとした。

5人は、めぐみさんのことについてはよく話しました。着いた日から。しかし、蓮池さんの奥さんの祐木子さんは、増元るみ子さんと1年数か月一緒にいたんですね。増元さんのお父さんは当時危篤だったのです。増元照明さんが蓮池夫妻に会って、「るみ子のことを知りませんか。北朝鮮が『死亡』という前のことを何でもいいから聞きたいんです」と言ったけど、その時は話さなかった。

まだ飯塚さんたちは家族会に入っていなかったので、面会には入っていないのですが、面会していれば、地村富貴恵さんは田口八重子さんのことを知っていたんですね。でも言わなかったんです。

しかし、めぐみさんのことは、「一緒の地域にいました。子どもが同じ幼稚園に通っていました」と、色々な話をすぐしたんです。つまりめぐみさんのことをよく知っている人たちが「死んだ」と言っている。そして、「元夫という人が本当に夫なんだ」とこの人たちが保証している。だから横田さんたちが行ったらどうですか、ということを北朝鮮は計画していたのです。

しかし、まず蓮池さんたちが、「日本に残る。日本政府を信用する」と。中には信用に価しないことを言った人もいて危なかったのですが、日本政府は、「本人たちに意思確認をしない。日本に残す」という決断をした。

そうしたらテレビで、横田夫妻のお孫さんを出してきたのですが、帰ってきた人からある情報を提供されたこともあって、行かないことになった。

そして最後に偽の「遺骨」(インチキ遺骨)が出てきます。死亡診断書では、7枚が同じ病院で、めぐみさんだけが別の病院でした。めぐみさんだけが「証拠」がいっぱい出てくるんです。「死亡を確認した」という医者も出てきて、首を吊ったという木まであり、枝が細いのに吊れるのかという話にまでなったのですが。

「死亡台帳」も出てきました。「ここに横田めぐみの名前があるから死んだのだ」と。でも、「1993年ではなく、1994年までは生きていました」という情報が出てきたら、「忘れていました。94年が正しいです」と北朝鮮が「遺骨」を出す前に訂正した。

◆秘密を新聞にリークした人もいた

これも、ここだから言いますが、偽の「遺骨」が出てくる前、小泉再訪朝の時、再調査ということになったのですが、そのための実務協議で日本代表団が北京に行く前の日に、『毎日新聞』が、「帰国した被害者は1994年まで生きていると言っている。その情報を明日、代表団が北朝鮮にぶつける」という記事を書いたのです。

それで大喧嘩しました。1回記者会見に出てもらったのですが、その後謝罪をして和解しましたが、『毎日新聞』は誰が書いたか教えてくれたんですが、外務省詰めの記者が書いたことまでは分かった。

外務省にはその情報を直前まで教えていなかったのです。私も知っていましたし、家族支援室の中山恭子さんも知っていました。信頼関係がなかったので教えていなかったのです。実務協議で北朝鮮が何か情報を出してくるかもしれないということで外務省に情報を渡したら、すぐに記事になった。ということだけは事実で、分からないことは言いませんが、そういうことを考えると、日本政府の中に全員取り戻す意思があったのかとなり、だから腹が立つんです。

土俵際までずっと追い込まれていて、一歩踏み外すと「死亡」ということで終わりにされたという経験をずっとしてきました。松木さんのところも喪服を準備したりとか、そういうことがずっとありました。

◆成果1.【拉致問題対策本部ができた】

しかし、それが変わるのが、第一次安倍政権になって拉致問題対策本部ができたことです。そして、「国交正常化の条件は拉致問題の解決だ」と明確に方針に書かれました。そこまで来るのも本当に大変だった。だから拉致問題対策本部の人には言っているんですが、「是非頑張ってほしい」と。

金丸訪朝の時も、小泉訪朝の時も、拉致問題対策本部はなかったのです。ない中で首脳会談を行った。おじいさんの金日成(キム・イルソン)の時も、お父さんの金正日キム・ジョンイル)の時もダメだったけれど、今の金正恩キム・ジョンウン)との会談の時にきちんと準備をしておく。チャンスは必ずくる。そのために情報の面でも、様々な準備の面でも、広報の面でも、準備をしておいてほしいと繰り返しお願いしています。

その点で、2002年9月17日の時点では、政府に全員救出の体制がなかったのです。それが形としてできたのが2006年でした。

◆成果2.【国際的な枠組みもできた】

それからもう一つ私たちが手にしたものは、国際的な枠組みです。北朝鮮は圧力を掛けられた時しか動きません。2016年の10月に、安倍総理が国連で15分か20分くらい演説をしたのですが、北朝鮮問題だけを話しました。

当時北朝鮮が核実験を3回やり、弾道ミサイルを40発撃って大変緊張が高まっていました。「強い圧力をかけなければダメだ。今までずっと北朝鮮との交渉ではだまされてきた」と、核・ミサイルの交渉、拉致の交渉を振り返ってそう言いました。

そして「先圧力」だ。強い圧力を背景にした交渉以外に北朝鮮と交渉はできないと訴えたのです。私はそれを安倍ドクトリンだなと思いました。そういう方針の下でトランプ(Donald John Trump)大統領とも緊密な連携をとって国連制裁を固めました。

北朝鮮の外貨を断つことを戦略目標として、制裁をかけたのです。イラクやイランのように、石油を持っている国はなかなか経済制裁は効かないのです。裏で売ればドルを稼げますから。北朝鮮はそういうものを持っていない。核兵器を売るぐらいしかない。

独裁を維持するためには、あるいは核・ミサイル開発を維持するためには一定のドルが必要です。それを断つとかなり効くんです。朝鮮総連からの送金を断つことも第一次安倍政権以降成功していますし、そして国連制裁で、北朝鮮から買ってはいけないものリストを作った。北朝鮮のそれ以前の輸出はだいたい30憶ドルくらいでしたが、その翌年の輸出は3億ドルに減りました。輸出の9割をカットすることができたのです。

これは毎年毎年収入がなくなることになります。コロナで中・朝貿易まで止まって本当に苦しくなったのが事実です。トランプ政権は軍事圧力もかけました。そうしたら北朝鮮が話し合いに出てきました。

小泉訪朝の時は日本が最初に選ばれましたが、金正恩氏はトランプ大統領を選びました。その時にアメリカは、日本も一緒になって作った経済制裁の枠組みについて話し合いが始まった時に、「拉致抜きで核だけで話し合いをすることを認める訳にはいかない」と。

実はブッシュ(George W. Bush)政権の後期、ライス(Condoleezza Rice)国務長官ヒル(Christopher Robert Hill)国務次官補がやっていた交渉では、そういう方向に行きかけたんです。ブッシュ大統領は早紀江さんに会ったように、我々が行ったら会ってくれますが、当時の国務省の雰囲気は、我々の国益は核・ミサイルだ。日本は拉致で邪魔しないでくれという雰囲気がありありでした。

トランプ大統領拉致問題の解決を迫った

しかし、安倍・トランプの関係はそれを覆したのです。逆にトランプ大統領拉致問題の解決を迫ったのです。トランプ大統領も安倍さんへの友情とか、人道問題で迫ったのではなく、自分の対北朝鮮戦略の中に日本の拉致問題を組み込んだのです。

トランプ大統領金正恩氏に、「核はやめなさい。そうしたら明るい未来が待っているぞ」と、ビデオまで作って見せたのです。金正恩氏は特に軍事制裁の圧力、「斬首作戦」という金正恩暗殺作戦の演習をこれみよがしに米軍がやったので、それを恐れたのです。

それに対し、トランプ大統領は、「軍事圧力や経済制裁はあなたが核をやめるならやめてあげる。しかし、経済再建のための資金はアメリカは出さない」と言った。「一方日本は韓国との国交正常化の時にやったのと同じ資金は出す。安倍晋三拉致問題を解決したい。拉致で安倍と会いなさい。核をやめたら明るい未来ができる」ということを言ったのです。

安倍さんは我々に、「トランプ大統領は、ただ単に拉致問題を出してくれたのではなく、私の金正恩氏に対するメッセージを伝えてほしいと言った」と言いました。

トランプ大統領シンガポール拉致問題を1回出しましたが、金正恩はごまかしたのです。ハノイで1回出した時も、別の話題にしてごまかした。その食後の少人数の夕食会で金正恩は、「意味のある回答をした」そうです。これは私たちがホワイトハウスに行って聞きました。

あの時、金正恩が核問題でもう一歩譲歩していたら、核と拉致が一緒に動く直前まで来ていたのです。しかし、「寧辺以外には核施設はない」という嘘をついた。

実は濃縮ウラニウムを地下で作っている施設があるんです。それをアメリカのCIAはつかんでいた。

金正恩はそれを分かっていなかったから、ごまかせると思っていたのです。そこで決裂してしまって、次の日の昼のランチの約束をキャンセルしてトランプ大統領は帰っちゃったのです。先程耕一郎さんが「核と拉致」の問題を言いましたが、アメリカが動かそうとする時に、絶対に拉致を落とさないようにすることをしなければならない。

一方、トランプ大統領とうまくいかなくなった後に、日本が先に交渉相手に選ばれた時には、国交正常化は核問題が解決した後にしかできないし、大規模な経済支援は国連制裁があるからできないけれども、人道支援はできる。

◆安倍・トランプでできた「核と拉致」の枠組み

日本の支援は2段階です。

かなりな規模の人道支援はできます。それは国連制裁違反ではない。

ただそれは、話し合いをするために出すのではなく、拉致被害者を一括で返してくれたらやりますよということです。そしてその後国際社会と核問題が進めば、大規模な支援ができますよと2段階です。

2段階の説得をしてほしいと思っているんですが、そこをアメリカに分かってもらうためにも、アメリカの国益である核問題と、日本の拉致問題を組み合わせることができたということがあるから、そこに行けるんです。アメリカにとっては核が先で拉致は置いておいてもいいという姿勢であれば、そこには行けないのです。

ところが、安倍さんが病気で突然退任して、トランプ大統領も落選してしまったのです。せっかく作った枠組みがなくなるかもしれない。菅(菅 義偉)総理と岸田総理が頑張ってくださって、枠組みが引き継がれています。

国務省が変わりました。菅総理が去年の4月にワシントンに行って日・米首脳会談をやったら、国務長官ブルーリボンバッジを付けて出てきたのです。今までの国務省では考えられないことです。そしてバイデン(Joe Biden)政権には、実はトランプがやったことはみんな否定するという大方針があるわけです。

しかしバイデン大統領が東京に来た時、岸田総理が頑張ってくださって、変わったのです。バイデン大統領も時間を取ってくれて、首脳会談の後皇居に行って、その後は拉致被害者家族との面会だけだったのです。それは岸田政権が積極的に交渉してくれなければ、そういうことにはならなかったのです。

もちろんバイデン政権も、日本にとって拉致問題が重要なんだということを理解して、同盟国としてのことをやろうということになったのですが、日本側が働きかけなければそんなことはできない。その結果、バイデン政権でも今の枠組みは維持されている。

2002年には、その枠組みはなかったのです。拉致を大切にしようとする枠組みもなかったし、アメリカとも相談して、アメリカの国益である核問題をないがしろにしないで、拉致問題を進めますという枠組みがなかった。

なぜなら9月17日に訪朝したのですが、アメリカに伝えたのは8月末なんです。その時アメリカ側は、濃縮アルニウムを北朝鮮が作っているという証拠を持っていたのです。核問題で重大なことが起きている。

それなのに平壌宣言で国交正常化をしてお金を出そうとしている。アメリカから見ると、日本の小泉外交は危ういと見えたんです。その調整もきちんとしなかった。拉致被害者を助ける体制もなかった。

それに比べて安倍さんはトランプ大統領と会って、まずきちんと枠組みを作って、それを菅さんも岸田さんも維持している。そういう中で今は、圧力を背景にして話し合いをしようと、こちらは言っているんです。

◆1回勝負の時が来る

しかしその条件は、我々は「全拉致被害者の即時一括帰国」だと言ってるんです。この2つのことはできた。最後の仕上げを岸田総理にやってもらわなければならない。それも親の世代の家族が生きている間にやってもらわなければならない。今、そういう段階に来ていると思っています。

問題は、北朝鮮は圧力をかけた時だけ話し合いに応じる。これが法則1で、法則2もあります。話し合いをしたら嘘をつく。トランプさんの時もそうでしたし、「8人死亡」も嘘でした。だから対策本部には情報室もあります。情報のプロが集まって、2006年からずっと情報を集めている。それをその時に是非使ってほしいと思います。

そういう点でも、対策本部があって、拉致について準備をしてきている中で岸田さんに行ってもらえる。この勝負に勝たないともう希望はない。1回勝負の時が来ると思っています。向こうは嘘をつくかもしれない。総力戦でアメリカも巻き込み、韓国も含めて総力戦で1回の勝負に当たらなければならない。それもそんなに時間がない。しかし足場は作ったのではないかというのが私の考えです。

ありがとうございました。

以上

■拉致を知る-あなたの人生に“拉致”があったら-

https://news.ntv.co.jp/special/rachi/

■【5分で知る】北朝鮮による拉致問題-なぜ日本人を拉致したのか-

https://youtube.com/watch?v=ZMUbWZ5FKe4

横田めぐみさんのご家族のメッセージ

http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_2.html

横田めぐみさんのご家族のメッセージ(英語版)

http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_2en.html

■「めぐみへの誓い-奪還-」PV

https://www.youtube.com/watch?v=J6cZyGknNi8

■「めぐみへの誓い-奪還-」(英語版)

https://youtube.com/watch?feature=share&v=VEQdbP3JlVo

■アニメ「めぐみ」

https://youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

■横田拓也さんビデオメッセージ

https://www.rachi.go.jp/jp/message/videomessage_inter06.html

■横田哲也さんビデオメッセージ

https://www.rachi.go.jp/jp/message/videomessage_inter07.html

田口八重子さんのご家族のメッセージ

http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html

田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)

http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html

■飯塚耕一郎さんビデオメッセージ

https://www.rachi.go.jp/jp/message/videomessage_inter08.html

田口八重子さんについて

https://youtube.com/watch?v=uvvx_abelag

松木 薫さんのご家族のメッセージ

http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_7.html

松木 薫さんのご家族のメッセージ(英語版)

http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_7en.html

松木信宏さんビデオメッセージ

https://www.rachi.go.jp/jp/message/videomessage_inter09.html

■政府拉致問題HP

http://www.rachi.go.jp/

拉致問題対策本部公式動画チャンネル

https://youtube.com/c/rachitaichannel

■高敬美さん・剛さんのこと

https://youtube.com/watch?v=dQBxTqqT4Zo&feature=emb_imp_woyt

■東京での拉致

https://youtube.com/watch?v=rEtXR4s4DYo&feature=emb_imp_woyt

■【西荻窪】映画「めぐみへの誓い」の話/出演者のトークイベント(佐羽 英・菜月・望月よしえ・多田広輝・稲村幸助・村尾健兒)がご覧になれます

https://youtube.com/watch?v=LTbuLRiZyN8

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

救う会全国協議会HP

http://www.sukuukai.jp/

特定失踪者問題調査会HP

http://www.chosa-kai.jp/

■特定失踪者家族会Facebook

https://www.facebook.com/rachikaiketsu/

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP

http://hrnk.trycomp.net/

■No Fence北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会HP

http://www.nofence.jp/

北朝鮮の武器取引に潜入 ドキュメンタリー『ザ・モウル』

https://youtube.com/watch?fbclid=IwAR3vdAu-Y2vddqN2pA5PDDZuXKDMnZHAUkt2G-NK-fDnv93z-dmS0ZhJrFU&feature=youtu.be&v=TZM-cjjOcEY

北朝鮮人権人道ネットワークfacebook

http://www.facebook.com/nknet2015

■自由朝鮮HP

http://cheollimacivildefense.org/

■実録!絵で見る北朝鮮「教化所」拷問の実態「THE FACT」

https://youtu.be/QBJcDDGwdFo

アメリ北朝鮮人権委員会(HRNK)HP

https://www.hrnk.org/

■VOA拉致問題動画

https://youtu.be/o2i_u8y8GJM

■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。

<原文>

『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

<日本語訳>

北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』

https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html

■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」

http://kenkato.blog.jp/

■ベナTVHP

http://www.benamu.org

■ベナTVブログ

http://blog.naver.com/benamu1004

■ベナTVFacebook

http://www.facebook.com/bnatv1004

北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ

http://blog.goo.ne.jp/aeran2000

■「平壌24時」

https://www.youtube.com/@tv9976

■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画

https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be

脱北者トーク番組動画

https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)

https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be

脱北者・金柱聖さんの動画(3)

https://youtu.be/pMC2G7akiiM

■ベナTV(日本語版)

https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be

■ベナTV(日本語版)動画

https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8

■ベナTV脱北者日本語字幕版

https://www.youtube.com/playlist?list=PLS0GqKLezT4179A9Wy4smneKYQxrq2shl

◆昭和52(1977)年11月15日

少女拉致容疑事案

被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)

(拉致被害時13歳)

※This person was Abduction by North Korea

新潟市において下校途中に失踪。

平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。

平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」

横田早紀江さん。拉致被害者横田めぐみさんの母)

※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」

(横田哲也さん。拉致被害者横田めぐみさんの弟)

新潟県警HP

http://www.police.pref.niigata.jp/

■神奈川県警HP

http://www.police.pref.kanagawa.jp/

あさがおの会HP

http://www.asagaonokai.jp

ブルーリボンの祈り会/スイス日本語福音キリスト教会HP

https://www.jegschweiz.com/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A5%88%E3%82%8A%E4%BC%9A/

■アニメ「めぐみ」

https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

横田めぐみさん拉致現場を歩く(大澤孝司さん・中村三奈子さん)

https://youtube.com/watch?feature=emb_title&v=PlwiM5lmdKE

横田めぐみさん拉致について現場から考えてみる

https://youtube.com/watch?v=HTMt9ik0XnE&feature=emb_imp_woyt

救う会TV「日本人拉致の3類型-横田めぐみさん拉致を中心に」

https://youtube.com/watch?v=R4tjcFlf7uI&feature=youtu.be

[November 15, 1977: Young girl abducted]

Abductee: Megumi Yokota (13, female, Niigata Prefecture)

Disappeared on her way home from school in Niigata City.

During the third round of Japan-North Korea Working-Level Consultations in November 2004, North Korea claimed that Megumi Yokota died in April 1994 and handed over what it claimed were her remains. DNA analysis, however, indicates that some of the bones from these remains belong in fact to a different person or persons.

Additional DNA analysis conducted in April 2006 by the GoJ indicated a high probability that Kim Young-Nam, a Korean citizen abducted from the Republic of Korea in 1978 when he was a high-school student, was married to Ms. Yokota.

◆昭和53(1978)年6月頃

李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案

被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)

(拉致被害時22歳)

※This person was Abduction by North Korea

昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。

北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。

(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」

拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)

■埼玉県警HP

http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

救う会埼玉HP

http://sukuukai.gozaru.jp/

拉致問題を考える川口の会HP

http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

上尾市民の会HP

http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

飯塚繁雄さん、救出活動20年。思いは『息子』へ(NNN)

https://youtube.com/watch?v=39KcWrpZgWs

飯塚繁雄さんのこと

https://youtube.com/watch?v=YvLxdQaNz68&feature=emb_imp_woyt

大韓航空機(KAL機)爆破事件について

https://youtube.com/watch?feature=emb_title&v=UCb2wKDDVm8

金賢姫氏・北朝鮮工作員について

https://youtube.com/watch?feature=emb_title&v=w-uKZAujq8k

■元工作員金賢姫(キム・ヒョンヒ)に聞く!第1部

https://youtube.com/watch?v=K1UBpTpih9U

■元工作員金賢姫(キム・ヒョンヒ)に聞く!第2部

https://youtube.com/watch?v=i26P7UkYGEY

■元工作員金賢姫(キム・ヒョンヒ)に聞く!第3部

https://youtube.com/watch?v=ZUvqcde_36s

田口八重子さん救出ソング「必ずあなたを助けにゆくから」byタジユキヒロ

https://youtube.com/watch?fbclid=IwAR2ayQh8x41DiCh1wKjHjgk86AJoRl14aFFPfZ4A26DI7wCl7v3xnMuOtws&v=0TU9k83uWqU

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)

Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.

North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.

At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.

Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

◆昭和55(1980)年5月頃

欧州における日本人男性拉致容疑事案

被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)

(拉致被害時26歳)

※This person was Abduction by North Korea

被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)

(拉致被害時22歳)

※This person was Abduction by North Korea

2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。

昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。

北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

熊本県警HP

http://www.police.pref.kumamoto.jp/

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

有本恵子さんたちヨーロッパ拉致について

https://youtube.com/watch?v=oYynHkWWoXU&feature=emb_imp_woyt

[In or around May 1980: Two Japanese men abducted in Europe]

Abductees: Toru Ishioka (22, male, Europe), Kaoru Matsuki (26, male, Europe)

Both men disappeared while living in Europe in 1980. A letter postmarked in Poland and sent by Mr. Ishioka in 1988 to his family in Japan indicated that he, Mr. Matsuki and Keiko Arimoto (see 12 below) were all living in North Korea.

North Korea asserts that Mr. Ishioka and Ms. Arimoto died in a gas poisoning accident in November 1988, but has provided no documents or evidence to support these claims. North Korea also asserts that Mr. Matsuki died in an automobile accident in August 1996. In September 2002, and at the Third Japan-North Korea Working-Level Consultations held in September 2002 and November 2004, North Korea handed over remains possibly belonging to Mr. Matsuki, but analysis in Japan indicates that these remains contain DNA belonging to someone else.

The Japanese authorities issued arrest warrants in June 2007 for Junko Mori and Sakiko Wakabayashi (nee Kuroda), wives of Yodo-go members, who are believed to be responsible for these abductions, and listed them both with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite them to Japan.

《特定失踪者・高 敬美さんについて》

警察庁北朝鮮による拉致と断定

◆氏名:高 敬美

(こう きよみ)

(Kiyomi Kou)

※This person was Abduction by North Korea

◆失踪年月日:昭和48(1973)年12月頃

◆生年月日:昭和42(1967)年4月10日

◆性別:女性

◆当時の年齢:6歳

◆当時の身分:幼児

◆失踪場所:東京都目黒区のマンション

【失踪状況】

弟の高 剛さんとともに失踪。

2人は釧路出身の在日朝鮮人工作員である高大基(コ・デキ)と日本人渡辺秀子さんの子供。秀子さんは高が工作員であることは知らずに結婚した。

昭和48年6月頃、高大基が突然失踪したため、その行方を追って秀子さんは子供2人を連れ、東京都品川区にあるユニバース・トレーディング社の高の勤務先周辺を探し歩いていた。同社は表向きは貿易会社だが、北朝鮮が工作活動を行うための会社であった。

工作組織はそのことが明るみに出るのをおそれ、親子3人を誘い出し、上記マンションに監禁したうえ、秀子さんを殺害、子供2人を北朝鮮へ連れ去ったと見られている。

この事件については朝日放送の石高健次氏が月刊『文藝春秋』平成12年12月号で明らかにした。

平成15年1月30日、殺人と国外移送目的誘拐の疑いで、氏名不祥の数人を容疑者とする告訴状を警視庁に提出。

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■高敬美さん・剛さんのこと

https://youtube.com/watch?v=dQBxTqqT4Zo&feature=emb_imp_woyt

北朝鮮による子供の拉致

https://youtube.com/watch?v=lKlCfjAc3fo&feature=emb_imp_woyt

《特定失踪者・高 剛さんについて》

警察庁北朝鮮による拉致と断定

◆氏名:高 剛

(こう つよし)

(Tsuyoshi Kou)

※This person was Abduction by North Korea

◆失踪年月日:昭和48(1973)年12月頃

◆生年月日:昭和45(1970)年6月29日

◆性別:男

◆当時の年齢:3歳

◆当時の身分:幼児

◆失踪場所:東京都目黒区のマンション

【失踪状況】

姉の高 敬美さんとともに失踪。

2人は釧路出身の在日朝鮮人工作員である高大基(コ・デキ)と日本人渡辺秀子さんの子供。秀子さんは高が工作員であることは知らずに結婚した。

昭和48年6月頃、高大基が突然失踪したため、その行方を追って秀子さんは子供2人を連れ、東京都品川区にあるユニバース・トレーディング社の高の勤務先周辺を探し歩いていた。同社は表向きは貿易会社だが、北朝鮮が工作活動を行うための会社であった。

工作組織はそのことが明るみに出るのをおそれ、親子3人を誘い出し、上記マンションに監禁したうえ、秀子さんを殺害、子供2人を北朝鮮へ連れ去ったと見られている。

この事件については朝日放送の石高健次氏が月刊『文藝春秋』平成12年12月号で明らかにした。

平成15年1月30日、殺人と国外移送目的誘拐の疑いで、氏名不祥の数人を容疑者とする告訴状を警視庁に提出。

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■高敬美さん・剛さんのこと

https://youtube.com/watch?v=dQBxTqqT4Zo&feature=emb_imp_woyt

北朝鮮による子供の拉致

https://youtube.com/watch?v=lKlCfjAc3fo&feature=emb_imp_woyt

《特定失踪者・渡辺秀子さんについて》

警察庁北朝鮮による拉致と断定した2児の母親

◆氏名:渡辺 秀子

(わたなべひでこ)

(Hideko Watanabe)

◆失踪年月日:昭和48(1973)年12月頃

◆生年月日:昭和16(1941)年6月5日

◆性別:女性

◆当時の年齢:32歳

◆当時の住所:埼玉県上福岡市大原(現・埼玉県ふじみ野市

◆当時の身分:主婦

◆北海道帯広市出身

◆身長:169cmくらい

◆体重:60kgくらい

◆失踪場所:東京都目黒区のマンション

【失踪状況】

地元の北海道で知り合って結婚した夫の在日朝鮮人工作員・高大基(コ・デキ)が突然失踪したため、その行方を追って秀子さんは子供2人を連れ、東京都品川区にあるユニバース・トレーディング社の高の勤務先周辺を探し歩いていた。同社は表向きは貿易会社だが、北朝鮮が工作活動を行うための会社であった。

工作組織はそのことが明るみに出るのをおそれ、親子3人を誘い出し、東京都目黒区のマンションに監禁したうえ、秀子さんを殺害、子供2人を北朝鮮へ連れ去ったと見られていた(月刊『文藝春秋』平成12年12月号。石高健次氏の論考)。

子供2人は翌年夏に北朝鮮へ連れ去られ、秀子さんは殺害されたとの説もある。

平成15年1月30日、殺人と国外移送目的誘拐の疑いで、氏名不祥の数人を容疑者とする告訴状を警視庁に提出。

しかし、遺体も見つかっておらず、拉致の可能性も否定できない。

警察庁HP

http://www.npa.go.jp/

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■埼玉県警HP

http://www.police.pref.saitama.lg.jp/

■高敬美さん・剛さんのこと

https://youtube.com/watch?v=dQBxTqqT4Zo&feature=emb_imp_woyt

■北海道と拉致

https://youtube.com/watch?v=56QbUzeWuHA

■帯広現地ライブ

https://youtube.com/watch?v=30UWDJXyJho

《特定失踪者・生島孝子さんについて》

◆氏名:生島 孝子

(いくしまたかこ)

(Takako Ikushima)

◆失踪年月日:昭和47(1972)年11月1日

◆生年月日:昭和16(1941)年6月14日

◆性別:女性

◆当時の年齢:31歳

◆当時の住所:東京都渋谷区

◆当時の身分:東京都港区役所麻布支所の電話交換手

◆身長:153cm

◆血液型:O型

◆失踪場所:東京都渋谷区の自宅アパート

【失踪状況】

当日、一日の年休届けを出し勤め先を休む。

朝、同居していた妹に「夕方に電話があったら出かける」と言っていたが、詳しいことは言わなかった。

衣類の入れ替えをし、夕方クリーニング店に衣類を出している。

孝子さんは翌日出勤時に着る服を揃えておいて出かけていた。その夜何の連絡もなく帰宅せず。

翌2日夜、自宅に電話があり、しばらく無言の後、「今更仕方ないだろ」と男性の声とともに切れた。

平成16年9月29日、警視庁に告発状提出。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■特定失踪者家族の声

https://youtube.com/watch?fbclid=IwAR3q1a0KG8cPrkvvhm4kJocEobx5Br1Ti8WDKeHSHMcIJxTRUiv1QiTvukw&feature=youtu.be&v=drLrU0ZSWD0

■特定失踪者家族会ご家族の声ライブ・イイノホール

https://youtube.com/watch?v=_dQgVz7ZAOA&feature=emb_title

■生島孝子さんの姉・馨子さんのメッセージ(「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」第55回)はコチラ↓

https://youtube.com/watch?v=POHXkU3DHq0

《特定失踪者・佐藤順子さんについて》

◆氏名:佐藤 順子

(さとうじゅんこ)

(Junko Satou)

◆失踪年月日:平成12(2000)年9月12日

◆生年月日:昭和47(1972)年2月28日

◆性別:女性

◆当時の年齢:28歳

◆当時の住所:東京都府中市

◆当時の身分:無職。元会社員でワーキングホリデーで海外に行ったり、国内でアルバイトをしていた

◆身長:153cm

◆体重:40kg~45kg

◆血液型:A型

◆特徴:

1)痩せ型

2)首に大きめのホクロ

3)話すと表情が変わる

◆失踪場所:スイス・ツェルマット

【失踪状況】

7月4日から以前の職場の同僚とともに欧州を旅行。

同僚は約3週間の予定で日本に帰国。

8月24日に東京の自宅に電話をしている。

スイス・ツェルマットのユース・ホステルに宿泊し同宿の日本人観光客と朝食を摂ったあとに行方不明となる。

荷物のバッグがベッドに残っていた。

二泊三日の予定で、宿泊費を前金で払っていた。

9月16日、旅行代理店を通じて東京の実家に「佐藤さんが荷物を残して行方不明となった。連絡を取りたい」という連絡が実家に入る。

失踪した9月に、東京の実家に無言電話が4回あり、電話の向こうからは日本語とは思えない話し声などがあった。

電話は決まって日本時間の8時半にかかった。

佐藤さんは毎日詳細な日記を書いていたが、失踪した9月11日だけは日付だけで本文が記されていなかった。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■失踪後の不審な電話について

https://youtube.com/watch?feature=emb_title&v=KLMOKpVKGWo

《特定失踪者・遠山文子さんについて》

◆氏名:遠山 文子

(とおやまふみこ)

(Fumiko To'yama)

◆失踪年月日:昭和48(1973)年7月

◆生年月日:昭和27(1952)年5月2日

◆性別:女性

◆当時の年齢:21歳

◆当時の住所:東京都墨田区押上

◆当時の身分:建設会社を退職直後

◆身長:157cm~158cm

◆特徴:左の頬にえくぼがある

◆失踪場所:石川県羽咋市。柴垣の海水浴場に滞在したことまでわかっている

【失踪状況】

交際中の男性とともに失踪。

3月末に家出して男性(非公開)とアパートに住む。

6月中旬に男性とともに退職した後、そのアパートを両親が訪ねたが1週間後に引き払う。

当初は墨田区押上に在住。

その後6月下旬から7月にかけて旅行した記録のアルバムなどが友人に送られてきて、それ以来消息不明。

アルバムには男性とともに福岡、東萩、津和野、札幌、女満別、知床、摩周湖、釧路、小樽、舞鶴、大阪、羽咋市柴垣の海水浴場と旅行した形跡を残す。

また、アルバムには写真ばかりではなく航空券、宿の領収証などが細かに張り付けてあり、途中で宿泊人数が4人になっている。

男性とは同じ職場で、同じ日に退社。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

石川県警HP

http://www2.police.pref.ishikawa.lg.jp/

羽咋市柴垣海岸

https://youtube.com/watch?v=z67jv7gcP-w&feature=emb_imp_woyt

《特定失踪者・永山正文さんについて》

◆氏名:永山 正文

(ながやままさふみ)

(Masafumi Nagayama)

◆別名:永山 益巳

(ながやまますみ)

(Masumi Nagayama)

◆失踪年月日:昭和57(1982)年9月18日

◆生年月日:昭和34(1959)年1月7日

◆性別:男

◆当時の年齢:23歳

◆当時の住所:東京都東大和市

◆当時の身分:東京都庁産業経済局勤務

◆身長:165cmくらい

◆特徴:

1)普通の体格

2)近眼で眼鏡は必需品

3)天然パーマ

◆失踪場所:東京都内か?

【失踪状況】

東京都東大和市の自宅から「出勤する」と告げて自宅を出たまま行方不明となる。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・浜崎真嗣さんについて》

◆氏名:浜崎 真嗣

(はまざきまさつぐ)

(Masatsugu Hamazaki)

◆失踪年月日:平成12(2000)年1月6日

◆生年月日:昭和49(1974)年8月2日

◆性別:男

◆当時の年齢:25歳

◆当時の住所:東京都日野市

◆当時の身分:家電メーカー(日本ビクター)の会社員で、業務用ビデオの設計担当

長崎県出身

◆身長:160~161cm

◆体重:51~52kg

◆足のサイズ:24cm

◆特徴:

1)浅黒

2)左目の上瞼に2mm程度のイボあり

3)電子装置設計技術を身につけていた

4)趣味はビリヤードとオーケストラ(ファゴット

◆失踪場所:東京都日野市の会社寮

【失踪状況】

1月6日(失踪当日)の東京都内の会社の始業式を無断欠席、翌日、翌々日も出社しないため、人事部係員が寮の部屋を点検。

のちに在京の兄や長崎の両親も寮の部屋へ行った。

部屋には6日の朝刊(未読)が入れられ、PHSも置きっぱなしで、書き置きもなかった。

また、布団は敷いたままで、食べかけパンが残っていた。

普通の服装で出かけ、自転車も置いたままだった。

職場の机はすぐにでも仕事が始められるような状態になっていた。

のちに給料振込通帳を記帳した結果、1月6日朝6時~7時に東京駅のATMで3万円をキャッシング、また午後1時半頃、函館で普通預金口座から現金12万円を下ろしていたことが判明したが、定期預金には一切手をつけていない。

失踪後、約1年間に2回、長崎の実家に不審電話があった。

失踪直後に航空会社に飛行機に搭乗した形跡がないかを調べてもらったものの記録がはっきりしないとのことであった。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

長崎県警HP

http://www.police.pref.nagasaki.jp/

■北海道警HP

http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

■浜崎真嗣さんについて

https://youtube.com/watch?v=_uaorwihjXg

■浜崎真嗣さんの父のメッセージ(「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」第109回)はコチラ↓

https://youtube.com/watch?v=3HyPdJPEYdA

※浜崎真嗣さんは日本ビクター(当時)の社員で、平成12年(2000年)1月6日東京都日野市のアパートから失踪しました。

当時25歳でした。

学生時代はオーケストラに所属していました。

(荒木和博・特定失踪者問題調査会代表)

■浜崎真嗣さんがファゴットを担当している九州大学オーケストラの「フィンランディア

https://youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=csasgDKa68Y

《特定失踪者・宮本直樹さんについて》

◆氏名:宮本 直樹

(みやもとなおき)

Naoki Miyamoto)

◆失踪年月日:平成14(2002)年3月3日

◆生年月日:昭和52(1977)年11月9日

◆性別:男

◆当時の年齢:25歳

◆当時の住所:東京都荒川区

◆当時の身分:フリーター(主に清掃業務)

◆身長:178cm

◆体重:66kg~68kg

◆靴のサイズ:27.5cm

◆特徴:

1)筋肉質でがっしりした体格

2)鼻の下から唇にかけて手術痕あり

3)視力は要コンタクト

4)失踪当時、軽くパーマをかけていた

◆失踪場所:東京都荒川区

【失踪状況】

3月3日午後3時30分頃、「今夜は夕飯はいらない」と行って自宅を出ていった。いつもと全く変わらなかった。

その夜は友人のところへ行ったのだろうと両親は全く心配しなかったが、5日朝、新門司港海上保安庁より電話で「3月3日19時10分発の東京発フェリー船室に荷物だけ残し、本人が見あたらない」との連絡。荷物には免許証、財布、眼鏡、コンタクトレンズなど身の回りのもの一切があった。

東京湾フェリー乗り場から乗ったと思われるが、降りた形跡なし。同フェリーは朝5時に新門司港(福岡)着。

時々1人旅に出かけることはあったが、心配をかけるようなことはなかった。

■警視庁HP

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

■福岡県警HP

http://www.police.pref.fukuoka.jp/

徳島県警HP

http://www.polic.pref.tokushima.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃

元飲食店店員拉致容疑事案

被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)

(拉致被害時28歳)

※This person was Abduction by North Korea

欧州に向け出国したあと失踪。

平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。

平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

兵庫県警HP

http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/

救う会兵庫HP

http://www.sukuukai078.net/04.html

救う会兵庫facebook

http://www.facebook.com/sukuukai078

■田中 実さんと金田竜光さんについて

https://youtube.com/watch?v=eYfVEni7iBU

■田中 実さんと金田竜光さん2

https://youtube.com/watch?v=HNnrUBqdsas&feature=emb_imp_woyt

■田中 実さんと金田龍光さんのことについて

https://youtube.com/watch?v=r0ItbzDsKzQ

■田中 実さんと恩師渡辺友夫さんの話

https://youtube.com/watch?fbclid=IwAR2aV3zzV5jXDLfx_WrzH2tBdYJ2Qm5isPvDJPvrZ8TXXf5DnX7Vy4068uo&t=71s&v=PfPNGVhejxk

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)

Disappeared after departing Japan for Europe.

The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.

Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

【SEA OF MERCY】

The book named “Sea of Mercy”

13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.

He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.

Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.

Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.

Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.

They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.

In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.

Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.

Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.

But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.

North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.

Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.

In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.

In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.

The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.

In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.

Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.

But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.

“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.